戦国時代の政治を調べていると、ときどき「取次」という言葉が登場します。
しかし、
「取次とは使者のことなのか」
「大名の命令を伝えるだけの役なのか」
「外交官のような存在なのか」
「国衆との間を取り持つ家臣なのか」
と、その役割は分かりにくいものです。
最初に結論を言えば、戦国時代の取次は、
大名と大名、大名と国衆、大名と家臣などの間に入り、情報・命令・要望・交渉をつなぐ政治的仲介者
と理解すると分かりやすい存在です。
ただし、「取次」という全国共通の固定官職が存在したわけではありません。
誰と誰の間を取り次ぐのか。
どこまでの交渉権限を持つのか。
主君からどれほど信頼されているのか。
相手方とどれほど深い関係を持っているのか。
それによって役割は大きく変わります。
研究では、取次は単なる「伝言係」ではなく、
- 大名間外交
- 国衆統制
- 先方衆との関係
- 所領問題
- 軍事動員
- 交渉
- 命令伝達
などに関わる重要な政治機能として分析されています。
とくに武田氏については、「戦国大名間外交における取次」や、「先方衆統制における取次と縁戚の役割分担」といった研究があります。
この記事では、戦国時代の取次について、
- 何をする役だったのか
- 使者と何が違うのか
- 国衆とどう関わったのか
- なぜ大名本人が直接交渉しなかったのか
- 取次を担当する家臣にどんな力が生まれたのか
を順番に整理します。
Article 101で扱った「国衆」と、Article 102で扱った「家臣団」をつなぐ役割として見ると、取次の重要性が理解しやすくなります。
まず結論|戦国時代の取次とは何か
取次を最も簡単に表現すると、
主君と相手方の間に入り、政治・外交・軍事上のやり取りを仲介する役割
です。
たとえば、
戦国大名
↓
取次
↓
国衆
という関係があります。
あるいは、
大名A
↓
取次
↓
大名B
という外交関係もあります。
ここで重要なのは、取次が単に書状を運ぶだけではないことです。
相手方から要望を聞き、主君へ伝える。
主君の意向を理解し、相手へ説明する。
条件を調整する。
双方の関係を維持する。
場合によっては長期間にわたって同じ相手を担当する。
つまり取次とは、
人と人の間に成立する政治関係そのものを維持する仲介者
でもありました。
取次は全国共通の固定官職ではない
「取次役」という言葉を見ると、
戦国大名家には取次という役職があり、全員が同じ仕事をしていた
ように見えるかもしれません。
しかし、そう単純ではありません。
戦国大名の家臣団は、大名家ごとに制度・名称・職掌が異なります。
同じ「取次」という言葉でも、
- 外交相手を担当する
- 国衆を担当する
- 家臣から主君への申請を仲介する
- 訴訟を取り次ぐ
- 所領問題を扱う
など、文脈によって仕事が違います。
したがって、
取次は現代の課長職のような固定ポストだった
と理解するのは適切ではありません。
重要なのは、
誰と誰の関係を取り次いでいたのか
です。
なぜ大名本人がすべて直接交渉しなかったのか
戦国大名が小さな勢力だった段階なら、主君本人が多くの家臣と直接話すことも可能だったでしょう。
しかし勢力が拡大すると、
- 家臣
- 国衆
- 寺社
- 商人
- 他大名
- 幕府
- 朝廷
など、交渉相手が増えます。
大名本人がすべての人と毎回直接交渉することは現実的ではありません。
そこで信頼できる家臣が間に入り、
- 要望を聞く
- 主君へ上申する
- 回答を伝える
- 条件を調整する
役割を担います。
この仕組みによって、大名は広い地域・多数の勢力を統治しやすくなります。
取次は、
大名権力を広げるための政治的インターフェース
のような役割を果たしたとも言えます。
ただし、これは現代的な比喩であり、当時に「インターフェース」という制度概念があったという意味ではありません。
取次の基本的な仕事
取次が関わる仕事には、さまざまなものがあります。
命令伝達
主君の命令を相手方へ伝えます。
ただし単なる伝令ではなく、相手の事情を踏まえて説明・調整する場合があります。
要望の取りまとめ
国衆や家臣側から、
- 所領問題
- 軍役
- 紛争
- 恩賞
- 訴訟
などの要望が出れば、それを主君へ取り次ぎます。
外交交渉
他大名との同盟・和睦・婚姻・軍事協力などについて交渉する場合があります。
関係維持
一度交渉が終われば関係終了とは限りません。
同じ相手を継続的に担当し、関係を維持することもあります。
つまり取次は、
情報を運ぶ人
だけではなく、
政治関係を管理する人
という性格を持ちます。
使者と取次は何が違うのか
使者と取次は似ています。
どちらも人と人の間をつなぎます。
しかし大まかには、
使者
特定の命令・書状・意思を相手へ届ける。
取次
継続的に双方の関係を仲介し、交渉・調整に関わる。
という違いを考えると理解しやすいでしょう。
ただし実際には、一人の家臣が使者と取次の両方のような役割を担うこともあります。
取次自身が書状を持参する場合もあります。
したがって、
使者=一度きり
取次=永久担当
という固定的な区別も避けるべきです。
取次は単なる伝言係ではない
取次を「高級な伝言係」と理解するだけでは不十分です。
なぜなら、政治交渉では単に文章をそのまま読み上げれば済むわけではないからです。
相手から、
この条件なら従える
この所領問題を解決してほしい
この軍役は重すぎる
といった反応が返ってきます。
取次は、それを主君側へ戻します。
さらに主君側の回答を相手へ説明します。
この往復が繰り返されます。
つまり取次には、
- 主君の意図を理解する力
- 相手の事情を理解する力
- 信頼関係
- 情報処理能力
- 交渉能力
が必要でした。
大名間外交における取次
取次は国内統治だけでなく、大名同士の外交でも重要でした。
丸島和洋氏には、
「戦国大名間外交における取次―甲斐武田氏を事例として」
という研究があります。
戦国大名同士が交渉するとき、両大名本人が毎回直接会談するわけではありません。
むしろ書状や使者、取次を通じて交渉する場合が多くあります。
同盟。
和睦。
婚姻。
共同軍事行動。
領土問題。
人質。
こうした重大案件を、双方の家臣が仲介します。
武田氏の外交に見る取次
甲斐武田氏は、周囲を多くの有力勢力に囲まれていました。
- 今川氏
- 北条氏
- 上杉氏
- 織田氏
- 徳川氏
などとの関係は時期によって変化します。
同盟相手が敵になることもあります。
敵だった相手と和睦することもあります。
こうした外交では、相手側と連絡できる家臣の存在が重要です。
取次を担当する家臣は、
- 相手方の人物を知る
- 過去の交渉経緯を知る
- 主君の意向を知る
という情報を蓄積します。
そのため、取次を変えること自体が外交関係へ影響を与える可能性もあります。
国衆・先方衆との関係における取次
取次の重要性が特に分かりやすいのが、戦国大名と国衆の関係です。
Article 101で説明したように、国衆は戦国大名に従属したからといって、すぐに完全な直臣へ変わるわけではありません。
独自の、
- 領地
- 城
- 家臣団
- 地域支配
を持つ場合があります。
そのため大名は、国衆を単に命令だけで動かすことができません。
所領安堵、軍役、婚姻、人質、恩賞などを通じて関係を維持する必要があります。
その接点の一つが取次です。
先方衆とは何か
武田氏研究では「先方衆」という言葉が登場します。
大まかには、武田氏が勢力を拡大する過程で従属させた地域勢力・国衆などを指して使われる呼称です。
彼らは武田家の支配下に入っていても、もともと独自の地域基盤を持っています。
そのため古くから武田家に仕えてきた譜代家臣と同じように扱えるとは限りません。
大名側には、
- 離反を防ぐ
- 軍役を負担させる
- 所領を安堵する
- 他勢力との接触を管理する
必要があります。
ここでも仲介役が重要になります。
武田氏の先方衆統制と取次
深沢修平氏の研究には、
「戦国大名武田氏の先方衆統制―取次と縁戚の役割分担」
があります。
タイトルそのものが示すように、先方衆の統制には、
- 取次
- 縁戚関係
という複数の仕組みが使われていました。
つまり武田氏は、
従ったのだから命令すればよい
という一面的な統治をしていたわけではありません。
仲介を担う家臣。
婚姻による結びつき。
所領安堵。
軍役。
こうした関係を組み合わせながら地域勢力を統制しました。
取次はその仕組みの一部です。
取次と縁戚関係
戦国時代の政治では婚姻が重要です。
娘を嫁がせる。
一族同士で婚姻する。
これによって政治的な結びつきを強めます。
しかし婚姻関係があるからといって、日常的な政治交渉が不要になるわけではありません。
そこで、
縁戚
+
取次
という複数の関係が組み合わされます。
親族関係によって忠誠を期待しつつ、実際の命令・要望・所領問題は取次を通して処理する。
戦国大名の支配は、一つの制度だけで成立していたわけではありません。
取次はどのように選ばれたのか
取次を誰に任せてもよいわけではありません。
重要なのは信頼です。
主君側から見れば、
自分の意思を正しく理解する人物
である必要があります。
相手方から見れば、
この人物へ話せば主君へ届く
と思える必要があります。
つまり取次は、双方から一定の信用を持つ必要があります。
場合によっては、
- 地縁
- 血縁
- 過去の関係
- 婚姻
- 個人的な信頼
が担当関係に影響した可能性があります。
誰を取次にするか自体が政治なのです。
相手方との信頼関係が重要だった
国衆側から見れば、大名本人へ直接会える機会は限られます。
そのため、
自分の事情を大名へ正しく伝えてくれる取次
の存在は非常に重要です。
もし取次との関係が悪ければ、
- 要望が通りにくい
- 説明が十分に届かない
- 誤解が生じる
可能性があります。
逆に信頼できる取次がいれば、交渉が円滑になります。
この意味で取次は単なる組織上の役ではなく、
個人的な信頼関係を伴う政治的ネットワーク
でもありました。
取次が持つ情報力
取次は多くの情報を集めます。
国衆を担当しているなら、
- 誰が不満を持っているか
- どの所領で争いがあるか
- どの家が離反しそうか
- どれくらい兵を出せるか
といった情報を知ることがあります。
外交担当なら、
- 相手大名の意向
- 同盟条件
- 敵対関係
- 婚姻交渉
などを知ります。
つまり取次には、
主君と相手の間に集まる情報
が集中します。
そのことが、取次担当家臣の政治的重要性を高めます。
取次は政治的影響力を持ったのか
取次には大きな情報と人間関係が集まります。
そのため、政治的影響力を持つ場合があります。
ただし、
取次なら自由に政策を決められた
という意味ではありません。
取次はあくまで主君の意思を受けて活動します。
一方で、主君がすべての情報を直接得るわけではないため、
- どの情報をどう説明するか
- 相手の要望をどうまとめるか
- どの条件なら妥協できそうか
という実務部分で影響を与える可能性があります。
現代の言葉で言えば「担当者によって交渉の進み方が変わる」ことがあります。
ただし、現代組織の職務と完全に同一視してはいけません。
所領安堵と取次
国衆や家臣にとって、所領は家の存続に直結します。
戦国大名へ従属するとき、
これまでの土地を引き続き支配してよい
という所領安堵は重要です。
しかし、
- 境界争い
- 相続問題
- 新恩給与
- 他家との所領紛争
が発生することがあります。
こうした問題について、取次を通じて大名側へ訴える場合があります。
取次は、
国衆側の事情
と
大名側の判断
をつなぐ役割を果たします。
軍役・出陣命令と取次
戦国大名へ従属した国衆には軍役が課されます。
大名から、
- いつ
- どこへ
- 何人
- どの装備で
出陣するか命じられます。
その命令伝達にも仲介者が関わります。
また国衆側に、
- 自領防衛
- 兵力不足
- 他任務
などの事情があれば、それを大名側へ説明する必要があります。
このように取次は、
命令を下へ流すだけではなく、現場の事情を上へ返す
役割も持ちます。
訴訟・紛争と取次
家臣や国衆同士の所領争いは、大名権力にとって大きな問題です。
争いを放置すれば私戦につながる可能性があります。
そのため大名は裁定を行います。
しかし当事者が毎回直接大名本人へ訴えるとは限りません。
取次などを通じて事情を説明し、裁定を求めます。
こうした仕組みが整うほど、
私力で解決する
のではなく、
大名の裁定へ持ち込む
方向が強まります。
取次は、大名による領国支配を支える行政的機能にもつながります。
取次と大名権力
戦国大名の権力が広がるほど、多くの人間を統治する必要があります。
しかし大名本人がすべての家臣・国衆へ直接命令することはできません。
そこで、
- 奉行
- 取次
- 城代
- 有力家臣
などが中間に入ります。
Article 102で見た家臣団。
Article 106で見た城代。
そして今回の取次。
これらはいずれも、
大名の意思を広い領国へ伝える仕組み
として見ることができます。
大名権力は、大名本人一人の能力だけで成立していたわけではありません。
国衆から見る取次
取次を大名側だけから見ると、
「国衆を統制するための担当者」
に見えます。
しかし国衆側にとっては、
大名へ自分たちの意見を届ける窓口
でもあります。
国衆は従属していても、自分たちの利害があります。
- 所領を守りたい
- 軍役負担を軽くしたい
- 敵対国衆との争いで有利な裁定を得たい
- 恩賞が欲しい
こうした要望を大名へ伝える必要があります。
取次は、国衆にとっても重要な政治資源でした。
取次の存在が示す戦国家臣団の複雑さ
戦国大名家を、
大名
↓
家老
↓
侍大将
↓
足軽
という一本道の組織図で考えると、取次の役割は見えません。
取次は「何人の部下を持つか」で重要になる役ではありません。
大切なのは、
誰と誰をつないでいるか
です。
ある家臣は軍事面では大軍を率いなくても、重要国衆や他大名との交渉窓口として大きな政治的重要性を持つ可能性があります。
これは戦国家臣団が、
軍事的序列だけでは理解できない
ことを示しています。
近世の取次と混同しない
江戸時代にも「取次」という言葉は使われます。
大名家の家臣組織や幕府との関係の中で制度化された取次役も存在します。
しかし、近世の制度化された取次職を、そのまま戦国時代へ遡って当てはめるべきではありません。
戦国期の取次は、
- 大名間外交
- 国衆との関係
- 家臣団統制
など、戦国大名権力が形成されていく中で機能しました。
名称が同じでも、時代と制度的背景を分けて考える必要があります。
現代の「外交官」「秘書」と同じではない
取次を現代人に説明するとき、
- 外交官
- 秘書
- 担当営業
- 連絡係
などに例えたくなります。
確かに理解の助けにはなります。
しかし完全に同じではありません。
戦国時代には、
- 主従関係
- 血縁
- 地縁
- 婚姻
- 個人的信頼
が政治関係に深く結びついています。
取次も、近代国家の官僚のような非人格的制度だけでは説明できません。
人物同士の関係そのものが政治機能を持っていました。
よくある誤解
誤解1|取次は伝言係だった
伝達は重要な仕事ですが、継続的な交渉・調整・関係維持まで担当する場合があります。
誤解2|取次は大名家の固定役職だった
全国共通の固定官職ではありません。
相手・時期・大名家によって役割が異なります。
誤解3|取次は外交だけを担当した
大名間外交だけでなく、国衆統制・所領問題・軍役・訴訟などに関わる場合があります。
誤解4|取次が政策を自由に決定した
取次は主君の意思を受けて活動する立場です。
影響力を持つ可能性はありますが、独立した政策決定者とは限りません。
誤解5|国衆は大名の命令を直接受けていた
直接の場合もありますが、取次などを介して命令・要望がやり取りされることがあります。
誤解6|取次は家臣より偉い特別身分だった
取次は役割です。
家格・知行・軍事指揮権とは別に考える必要があります。
誤解7|江戸時代の取次制度と同じ
名称が同じでも制度的背景が異なります。
戦国期と近世を分けて考える必要があります。
まとめ
戦国時代の取次とは、
大名と大名、大名と国衆、大名と家臣などの間をつなぐ政治的仲介者
です。
単なる伝言係ではありません。
取次は、
- 命令伝達
- 要望の上申
- 外交交渉
- 所領問題
- 軍役
- 訴訟
- 関係維持
などに関わりました。
武田氏では、大名間外交における取次が研究され、先方衆統制でも取次と縁戚がどのように役割を分担したかが検討されています。
これは、戦国大名の支配が単純な上意下達ではなかったことを示しています。
大名の下には、多くの国衆・家臣・地域勢力が存在しました。
その複雑な関係を維持するためには、
誰が誰との窓口になるのか
が重要でした。
Article 101の国衆。
Article 102の家臣団。
Article 106の城代。
そしてArticle 107の取次。
これらを組み合わせると、戦国大名の力とは、単に武力や石高だけではなく、
多数の人間関係を管理し、命令と情報を流す組織能力
でもあったことが見えてきます。
参考資料
- 丸島和洋
「戦国大名間外交における取次―甲斐武田氏を事例として」
『史學』77巻2・3号、2008年、221-246頁。
国立国会図書館書誌ID:
9786849 - 深沢修平
「戦国大名武田氏の先方衆統制―取次と縁戚の役割分担」
『戦国史研究』63号、2012年、1-15頁。
国立国会図書館書誌ID:
023591304 - 戦国史研究会 編
『戦国時代の大名と国衆―支配・従属・自立のメカニズム』
戎光祥出版、2018年。
国立国会図書館書誌ID:
029339630 - 村井良介
『戦国期の大名分国における「戦国領主」の研究』
2010-2012年度研究成果。
国立国会図書館書誌ID:
024749978
FAQ
戦国時代の取次とは何ですか?
大名と大名、大名と国衆、大名と家臣などの間に入り、命令・要望・外交交渉などを仲介する役割です。
取次は使者と同じですか?
重なる場合がありますが、取次は特定相手との継続的な関係維持・交渉を担う場合があります。単に一度書状を運ぶだけの使者より広い役割を持つことがあります。
取次は外交官ですか?
現代の外交官に似た側面はありますが、完全に同じではありません。主従関係・血縁・地縁・個人的信頼など、戦国期特有の政治関係の中で活動しました。
取次は国衆と大名の間にもいましたか?
はい。国衆・先方衆などと大名の間で、命令伝達、所領、軍役などを仲介する役割が研究されています。
取次は有力家臣が担当したのですか?
重要な交渉を扱うため、主君から信頼された家臣が担当する必要がありました。ただし、全国共通の家格や地位が決まっていたわけではありません。
取次は大きな権力を持っていましたか?
相手との人間関係や情報が集中するため政治的影響力を持つ場合があります。ただし、主君に代わって自由に政策を決定できたと一律に考えるべきではありません。
先方衆とは何ですか?
武田氏研究などで、武田氏が勢力拡大の中で従属させた地域勢力・国衆などを指す呼称として使われます。譜代家臣とは異なる地域基盤を持つ場合があります。
所領問題も取次を通したのですか?
所領安堵や境界争いなど、国衆・家臣の利害に関わる問題が取次を通じて扱われる場合があります。
軍役にも取次が関係したのですか?
出陣命令や軍役負担の伝達、国衆側の事情説明などを仲介することがあります。
江戸時代にも取次はいましたか?
取次という名称や機能は近世にも存在します。ただし近世の制度化された職制を戦国期へそのまま当てはめるべきではありません。

