戦国武将について調べると、

「知行500石」

「所領を安堵された」

「新たに給地を与えられた」

「扶持を受けた」

「俸禄をもらった」

といった表現が出てきます。

どれも、

主君から武士へ与えられる収入・土地

のように見えます。

では、

知行。

所領。

給地。

扶持。

俸禄。

は、すべて同じ意味なのでしょうか。

さらに、

「1,000石の知行」

と書かれていれば、

その武将は毎年1,000石の米を自分の倉へ入れ、

それがそのまま年収になったのでしょうか。

結論から言えば、そう単純ではありません。

戦国時代の「知行」は、現代の会社員の給料とも、現代法上の土地所有権とも違います。

知行には、

  • 土地から収益を得る権利
  • 年貢などを収取する権利
  • 在地支配
  • 主君への軍役
  • その他の諸役

などが関係します。

さらに一つの土地に、

複数の権利・支配関係が重なっている場合もあります。

つまり、

この村は武将Aの完全な私有地

という近代的な不動産所有の感覚だけで戦国期の知行を理解すると、実態を見失います。

一方、

扶持

は人を養い、抱えるために米などを与える意味で中世から使われます。

しかし江戸時代になると、

「一人扶持」

など、より制度化された給与形態になります。

また、

知行取と蔵米取

という明確な対比も、主として江戸時代の武士給与制度として理解すべきものです。

したがって、

戦国武将
=
土地を与えられる知行取り

下級武士
=
米をもらう蔵米取り

という江戸時代型の制度を、そのまま16世紀全体へ当てはめることはできません。

この記事では、

  • 知行とは何か
  • 所領とは何か
  • 給地とは何か
  • 知行と所有権は同じなのか
  • 知行高は年収なのか
  • 年貢をどこまで受け取れたのか
  • 知行と軍役はどう結びついたのか
  • 新恩・安堵・加増と知行の関係
  • 扶持とは何か
  • 俸禄とは何か
  • 知行取と蔵米取はいつの制度なのか

を整理します。

Article 108の貫高・石高、Article 114の軍役、Article 118の論功行賞をつなぐ、家臣の経済基盤を理解する記事です。

まず結論|戦国時代の知行とは何か

知行とは、大まかには、

主君から認められた土地・所職・収益などを支配・管理し、そこから一定の収益を得る権利・関係

として理解できます。

ただし、

知行
=
土地の完全所有権

ではありません。

現代の土地所有なら、

登記された土地を所有者が売却する。

建物を建てる。

相続する。

といった権利を考えます。

中世・戦国の土地関係は、もっと重層的です。

同じ土地について、

年貢を取る権利。

名主職。

領主としての支配権。

耕作する権利。

など、異なる権利が重なることがあります。

したがって、

「誰の土地か」より、「誰がどの権利を持っていたのか」

を見ることが重要です。

知行・所領・給地・扶持・俸禄

用語 おおまかな理解
知行 土地・所職等を支配・収益する関係。
所領 支配・権利対象となる土地・所職。
給地 主君等から給付された土地。
扶持 米等を与えて家臣・奉公人を養うこと・給付。
俸禄 武士への給与を説明する広い総称。

時代・史料により用法差あり。完全な一対一対応ではない。

知行を「土地所有」と考えない

戦国武将が、

「○○村を知行する」

と書かれていると、

その村全体が武将の私有財産になった

ように感じます。

しかし村には百姓が住み、田畑を耕作しています。

彼らが武将の所有物になったわけではありません。

武将には、

年貢などを収取する権利。

一定の支配を行う権利。

軍役・諸役を負担する基礎。

として知行が認められます。

したがって、

知行地の百姓=武将の私有財産

という理解は避ける必要があります。

知行という言葉は何を意味したのか

「知行」は中世史で非常に幅広い意味を持つ言葉です。

土地・所職などを、

実際に支配する。

管理する。

収益を得る。

という意味で使われます。

そのため「知行」を一つの近代法用語へ完全に翻訳することは難しいでしょう。

戦国大名の家臣団では、

主君が家臣の知行を認めたり、

新しい知行を与えたり、

軍功によって加増したりします。

知行は、

家臣の経済基盤と主従関係の両方に関わる

重要な仕組みです。

知行地とは何か

知行地は、

家臣などに知行として認められた土地・地域

を指す一般的な表現です。

例えば、

「○○郡のうち○○村100石」

などが知行として与えられる場合があります。

しかし実際の知行は、

村一つ丸ごと

とは限りません。

一つの村の一部。

複数の村に分散。

年貢の一定部分。

という場合もあります。

したがって知行地は、現代の一筆の不動産のように単純ではありません。

所領とは何か

「所領」も非常によく使われる言葉です。

大まかには、

領主・武士などが権利を持ち、支配・収益の対象としている土地・所職

を示します。

一般向けには、

「その武士が支配している領地」

と説明すると分かりやすいでしょう。

しかし所領も、近代的な完全所有地とは限りません。

知行と所領は何が違うのか

この二つには重なる部分があります。

そのため史料・研究によっては、

知行している土地
=
その人物の所領

という形で説明されることもあります。

しかし概念上は、

所領

支配・権利の対象となる土地・所職。

知行

それを実際に支配・管理し、収益を得ている状態・権利関係。

と整理すると理解しやすくなります。

ただし、

全国・全時代で完全にこの定義へ固定できるわけではありません。

給地とは何か

「給地」という表現もあります。

文字どおり、

主君などから家臣へ給付された土地

という意味で使われます。

戦国大名が家臣に新たな所領を与える場合、

給恩地。

給地。

新恩地。

などの語が研究上使われることがあります。

重要なのは、

給地という語だけから、一種類の全国統一制度を想定しないこと

です。

給地と知行を完全同義にしない

給地は、

与えられた土地

という給付側の性格が強い表現です。

知行は、

その土地・権利を実際に支配し、収益を得る関係

に重点があります。

したがって両者は重なりますが、

完全な同義語としてすべて置換する必要はありません。

武将は村そのものを所有したのか

戦国武将が村を知行していても、

現代の地主が土地を100%自由に処分できる状況とは違います。

村には、

百姓。

名主。

寺社。

在地領主。

など複数の権利関係があります。

戦国大名自身も、家臣による給恩地の売却を制限する場合があります。

朝倉氏知行制の研究でも、

給恩地売買の禁止

が論点となっています。

つまり知行は、

「もらったから自由に売ってよい私有地」

ではありません。

年貢収取権という考え方

知行の経済的基盤として重要なのが、

年貢などの収益です。

家臣は知行地から得られる年貢等によって、

自分。

家族。

家臣。

馬。

武具。

を維持します。

しかし、

土地の石高すべてがそのまま家臣の手取り

という意味ではありません。

年貢率。

必要経費。

上納。

地域制度。

などが関係します。

一つの土地に複数の権利が存在した

中世の土地関係には、

重層的領有

という考え方があります。

一つの土地について、

上級領主。

在地領主。

名主。

耕作者。

などが異なる権利を持つ場合があります。

そのため、

A武将が知行している
=
A武将だけがその土地に対する唯一の権利者

とは限りません。

戦国大名はこうした複雑な権利関係を整理・再編しながら領国支配を進めました。

戦国大名の知行制

知行制は戦国大名研究の重要テーマです。

伊達氏。

朝倉氏。

島津氏。

毛利氏。

今川氏。

後北条氏。

など、各大名ごとに知行制度が研究されています。

これは、

大名が誰に、どの土地・収益を認め、それと軍役・奉公をどう結びつけたか

を見ることで、家臣団支配の構造が分かるからです。

なぜ大名は家臣に知行を与えたのか

家臣を抱えるには経済基盤が必要です。

武士は、

武具。

馬。

家臣。

足軽。

生活。

を維持しなければなりません。

大名が家臣へ知行を与えれば、家臣はその収益を基盤として軍事奉公できます。

したがって知行は、

家臣を養い、大名軍を維持するための経済基盤

でもあります。

知行と主従関係

知行は単なる給料ではありません。

主君が家臣の知行を認める。

家臣は主君へ奉公する。

という主従関係と結びつきます。

新しい主君へ服属した際に、

従来の所領を安堵してもらうことが重要なのもこのためです。

「その土地を今後も支配してよい」

と主君から認められることは、家臣の存立そのものに関わります。

知行と軍役

Article 114で扱ったように、知行と軍役は密接に関係します。

家臣は知行を基礎として、

人員。

馬。

槍。

鉄砲。

武具。

などを準備し、軍役を負担します。

つまり知行は、

収入源であると同時に軍事義務の基礎

でもあります。

知行と軍役の関係

主君 → 知行を安堵・宛行 → 家臣 → 知行収益で生活+家臣団+馬+武具等を維持 → 主君へ軍役・奉公

全国共通固定制度図ではない。

知行が増えると軍役も増えたのか

一般的には、知行規模が大きくなれば、より大きな軍事負担を求められる方向があります。

しかし、

知行100石なら必ず○人。

1000石なら必ずその10倍。

という全国共通公式ではありません。

Article 103・114で説明したように、

軍役基準は大名・時期によって異なります。

したがって、

加増=収入だけ増えて負担は同じ

とも限りません。

知行高とは何か

知行高は、

家臣の知行を石高・貫高などで数量的に表現するものです。

豊臣期以降は石高表示が大きな意味を持つようになります。

戦国大名によっては貫高で知行を把握します。

しかし、

知行高
=
現金年収

ではありません。

これは特に注意が必要です。

1000石知行なら1000石もらえるのか

「1000石取り」と聞くと、

毎年米1000石を丸ごともらう

ように思えます。

しかし石高は、土地の生産力・課税基準等を表す指標です。

そこから一定の年貢等を収取するのであり、

1000石すべてが家臣の手元へ入るわけではありません。

さらに軍役・家臣団維持などの支出があります。

したがって、

1000石知行=1000石手取り

ではありません。

石高と実収入は同じではない

石高は非常に便利な数字です。

しかし、

1000石
×
現代米価格
=
戦国武将の年収

という計算は危険です。

米価。

年貢率。

貨幣価値。

物価。

軍事費。

家臣数。

自給部分。

などが全く違います。

Article 108と同様、

歴史的な評価単位を現代円へ単純換算しないことが重要です。

貫高知行もあった

戦国期には石高だけではなく、

貫高

で知行が評価される大名領国があります。

後北条氏・武田氏などが代表的です。

Article 108で扱ったように、

貫高と石高は単なる単位違いではありません。

したがって、

貫高知行を石高へ一律換算して家臣の年収を出すこともできません。

貫高と石高を単純換算しない

例えば、

1貫=5石

という後世的換算注記が知られています。

しかしこれを、

全国・全時代の公式換算

にすることはできません。

知行制度そのものが大名ごとに異なるからです。

知行を見るときは、

どの大名家の、何年の、どの史料か

を確認する必要があります。

知行充行状とは何か

Article 118でも扱った知行充行状は、

主君が家臣へ所領等を与える文書です。

戦国大名は家臣団維持のため、この種の文書を多数発給しました。

ただし、

知行充行状という全国統一様式が一種類存在した

わけではありません。

各大名の文書行政によって形式は異なります。

知行宛行状とは何か

「知行宛行状」という表現も使われます。

家臣などへ知行を宛てがう、つまり給付する文書です。

史料整理・研究上、

知行充行状。

知行宛行状。

という呼称が使われますが、

すべての戦国大名が同じ標題で文書を発給した

という意味ではありません。

文書本文・花押・印判等を含め、個別に確認する必要があります。

大名によって文書様式が違う

戦国大名の文書には、

判物。

印判状。

朱印状。

黒印状。

などがあります。

知行給与・安堵も、こうした文書形式を通して行われます。

したがって、

知行を与える
=
必ず「知行充行状」と題した紙を渡す

わけではありません。

新恩と知行

Article 118で説明した新恩は、

新たな所領・所職を与えることです。

軍功。

新規服属。

家臣登用。

などにより、新しい知行を与えられる場合があります。

つまり新恩は、

知行を新たに形成する方法の一つ

と考えられます。

安堵と知行

安堵は、

既に保持している所領・権利を主君が認めることです。

新しい土地を与えなくても、

従来の所領を正式に認めてもらうことは家臣にとって非常に重要です。

したがって、

知行
=
必ず新恩

ではありません。

安堵された既存所領も知行となります。

加増と知行

加増は、

既存の知行などを増やすことです。

500石
↓
1000石

になれば、500石の加増です。

ただしArticle 118で説明したように、

新しい一村を丸ごともらう

とは限りません。

複数地域へ分散した知行が追加されることもあり得ます。

新恩・安堵・加増の違い

大まかに整理すると、

新恩

新たな所領・所職などを与える。

安堵

既存の所領・権利を認める。

加増

既存の知行等を増加させる。

となります。

三者は関係しますが、完全な同義語ではありません。

新恩・安堵・加増

用語 おおまかな理解
新恩 新しく与える。
安堵 既存権利を認める。
加増 知行等を増やす。

詳細:Article 118 論功行賞

扶持とは何か

扶持という言葉には、

助ける。

養う。

という意味があります。

そこから、

主君が米などを支給して家臣・奉公人を養うこと

を示すようになります。

扶持という言葉自体は中世から存在します。

したがって、

扶持は江戸時代に突然発明された制度

ではありません。

扶持米とは何か

扶持として給与される米が、

扶持米

です。

戦国以前にも家臣へ米を与えて扶持する例があります。

『信長公記』にも「御扶持米」に関する用例が知られています。

つまり戦国期にも、

土地を与えることだけが家臣を抱える方法だった

わけではありません。

戦国時代にも扶持はあったのか

ありました。

ただし、

江戸時代の制度化された扶持米制

をそのまま戦国期へ当てはめないことが重要です。

戦国末から江戸期になると、下級家臣などへ米を支給する給与制度がより明確になります。

つまり、

「扶持」という古い概念と、「近世の制度化された扶持米」を区別する

必要があります。

一人扶持は戦国時代にも同じだったのか

江戸時代には、

一人扶持について、

一人一日5合。

年間1石8斗。

といった標準が知られています。

しかし、これを、

信長。

武田。

北条。

毛利。

など16世紀すべての大名家が同じ基準で使った

と考えてはいけません。

これは主として近世の制度化された給与単位として扱うべきです。

俸禄とは何か

俸禄は、

主君から家臣へ与えられる給与・禄

を広く説明する際に便利な言葉です。

現代の歴史解説では、

知行。

扶持米。

蔵米。

などを含め、

「武士の俸禄」

と説明することがあります。

しかし、

俸禄という一語で戦国期の多様な知行関係を全部同じ給与制度へ変換しないことが重要です。

知行と俸禄は同じなのか

知行は武士の生活を支える経済基盤なので、

広い意味では俸禄的性格があります。

しかし、

知行
=
現金・米の定額給料

ではありません。

知行には土地・年貢収取・在地支配・軍役との関係があります。

したがって、

「俸禄」は広い説明語、「知行」は具体的な支配・収益関係

として区別すると分かりやすくなります。

知行取とは何か

「知行取」という語は、特に江戸時代の武士給与制度で明確になります。

江戸時代には、

領主から一定の知行地を与えられ、

そこから年貢等を得る家臣を、

知行取。

地方取。

などと呼びます。

ただし、この近世的制度を戦国前期へそのまま遡らせないことが重要です。

蔵米取とは何か

江戸時代には、

知行地を直接与えられず、

幕府・藩の蔵へ収納された米から俸禄を受け取る武士がいました。

これが、

蔵米取

です。

知行取に対する給与形態として制度的に理解されます。

しかしこれは主として近世の制度です。

知行取と蔵米取は主に江戸時代の制度

ここはArticle 119で最も注意したい点の一つです。

戦国時代にも、

土地を知行する家臣。

米・金銭などで給付される奉公人。

は存在します。

しかし、

知行取
VS
蔵米取

という江戸幕府・諸藩の制度化された二分法を、

そのまま戦国大名軍へ当てはめるのは適切ではありません。

江戸期の知行取・蔵米取

用語 おおまかな理解
知行取 知行地から収益。
蔵米取 幕府・藩の蔵から米を受給。

主として江戸時代の制度的区別。戦国期の全国共通給与二分類ではない。

戦国末から近世へ何が変わったのか

戦国末から近世初頭には、

  • 石高制
  • 城下集住
  • 家臣団編成
  • 給与制度
  • 文書行政

が整備されていきます。

大名の蔵へ年貢を集め、

そこから家臣へ米を支給する仕組みも制度化されます。

その結果、

土地を直接知行する家臣

と、

蔵米・扶持米等を受ける家臣

の区別がより明確になります。

知行は武士の「給料」だったのか

初心者向けには、

「知行は武士の給料のようなもの」

と説明すると分かりやすいでしょう。

しかし正確には、

給料そのものではなく、生活・家臣団・軍役を支える経済基盤

です。

知行が500石なら、

500石分の現金を年に一度振り込まれる

わけではありません。

土地・年貢・権利・軍役が結びついています。

したがって、

給料という比喩は入口として使えても、

完全同一視してはいけません。

戦国ゲームの石高・収入との違い

ゲームでは、

知行1000石
↓
毎月収入○○
↓
兵士上限○○

と自動計算できます。

歴史上は、

  • 年貢率
  • 知行形態
  • 家臣団維持費
  • 軍役
  • 地域
  • 貨幣経済

などが関係します。

さらに一つの土地に複数の権利関係が重なる場合もあります。

したがって、

知行高は非常に重要な指標ですが、そのまま現代的な年収や自由に使える純利益ではありません。

よくある誤解

誤解1|知行とは武将が土地を所有すること

近代的な完全所有権と同じではありません。土地・年貢等に対する支配・収益権の関係として考える必要があります。

誤解2|1000石知行なら毎年1000石もらった

石高と実際の手取りは同じではありません。

誤解3|知行と所領は完全に同じ

重なる部分はありますが、所領は権利対象となる土地、知行はそれを支配・収益する関係という整理ができます。

誤解4|給地と知行は完全に同じ

給地は給付された土地という側面、知行は実際の支配・収益関係という側面があります。

誤解5|知行が増えれば得をするだけ

知行は軍役とも結びつくため、負担増加につながる場合があります。

誤解6|扶持は江戸時代に始まった

扶持という語・米給は中世にも存在します。ただし江戸時代に制度化が進みました。

誤解7|戦国時代も一人扶持は1日5合だった

江戸期に制度化された標準を戦国期全国へ遡及するべきではありません。

誤解8|知行取と蔵米取は戦国時代から全国共通だった

制度的な対比は主に江戸時代のものです。

誤解9|知行高を現代米価で掛ければ武将の年収が分かる

物価・年貢率・軍役・家臣団維持などが異なるため、単純換算できません。

誤解10|知行は武士個人の自由財産だった

主君との主従関係・軍役・売買制限等と結びつく場合があり、自由な近代私有財産とは異なります。

まとめ

戦国武将の知行とは何だったのか。

最も重要なのは、

知行を現代的な「土地所有」や「年収」にそのまま置き換えないこと

です。

知行とは、

土地。

所職。

年貢等の収益。

在地支配。

主君との関係。

軍役。

などが結びついた仕組みです。

所領は、武士・領主が権利を持つ土地・所職。

給地は、主君などから給付された土地。

知行は、そうした権利を実際に支配・管理し、収益を得る関係。

と大まかに整理できます。

さらに、

新恩。

安堵。

加増。

も異なります。

新恩は新たな所領・所職を与えること。

安堵は既存の権利を認めること。

加増は知行等を増やすことです。

また家臣を養う方法は土地給付だけではありません。

扶持。

扶持米。

など、米による給付も中世から存在します。

ただし、

一人扶持。

知行取。

蔵米取。

といった制度が明確に整うのは主として近世です。

江戸時代の給与制度を、そのまま戦国期へ逆輸入してはいけません。

Article 108で貫高・石高。

Article 114で軍役。

Article 118で論功行賞。

そしてArticle 119で知行。

この4本をつなげると、

戦国武将の経済基盤が、

「土地を持っていた」という一言ではなく、知行・収益・奉公・軍役の相互関係によって成り立っていた

ことが見えてきます。

参考資料

1.
村田修三
「戦国大名の知行制について
―最近の先学の成果に学ぶ」
『歴史評論』293号、1974年、61-71頁。

国立国会図書館書誌ID:
441502

戦国大名研究における知行制の基本的研究史。

2.
松浦義則
「戦国大名朝倉氏知行制の展開」

主要論点:
– 跡職給与
– 給恩地売買の禁止
– 百姓得分地
– 御判の地
– 作職進退
– 知行法の変質

戦国期知行を近代的土地所有として理解できない具体例。

3.
池享
「戦国大名領国における重層的領有構造」

戦国大名領国における、
上級領有権・下級領有権等の重層的土地支配を検討。

知行と軍役・公役の関係も扱う。

4.
小和田哲男
「戦国大名今川氏の知行制
―知行宛行状の類型化を通して」
『地方史静岡』15号、1987年。

知行宛行状の内容・類型を検討。

Article 118と共有する基礎研究。

5.
京都大学系研究
「中世後期島津氏の権力構造」

家臣団構造と知行制から島津氏権力を分析。
知行制整備と軍役規定の関係を検討。

DOI:
10.14989/shirin_51_303

6.
『豊臣秀吉文書集』

永禄~天正期の文書群に、
知行宛行状・知行宛行状写等を収録。

利用上:
個別本文未確認の数値・内容を創作しない。

7.
山川出版社
『山川 日本史小辞典 改訂新版』
「扶持」

扶持:
本来は扶助。
戦国末~江戸期には下級家臣等への給与として展開。

江戸期には一人扶持を1日5合基準として制度化。

重要:
この近世基準を戦国期へ遡及しない。

8.
『精選版 日本国語大辞典』
「扶持米」

中世に土地給与に代えて米を給与することがあり、
近世に一般化。

『信長公記』に
「諸卒に御扶持米下さるるの事」
の用例あり。

9.
山川出版社
『山川 日本史小辞典 改訂新版』
「知行取」
「蔵米取」

知行取:
主として江戸期、知行地から年貢等を得る家臣。

蔵米取:
主として江戸期、幕府・藩の蔵から俸禄米を受ける家臣。

重要:
戦国期の全国共通給与二分類として使用しない。

10.
国立公文書館
「旗本御家人―官府御沙汰略記」

江戸期幕臣の
知行取・蔵米取の具体的給与制度を解説。

利用上:
戦国期ではなく、
近世に制度化された給与形態の比較資料として使用。

FAQ

戦国時代の知行とは何ですか?

主君から認められた土地・所職等を支配・管理し、そこから年貢などの収益を得る権利・関係です。現代的な土地所有権とは同じではありません。

知行と所領は何が違いますか?

所領は権利対象となる土地・所職、知行はそれを実際に支配・収益する関係として大まかに整理できます。ただし史料・時期によって用法は重なります。

給地とは何ですか?

主君などから給付された土地を示す一般的な表現です。給地を知行するという関係になる場合があります。

1000石の知行なら1000石の米をもらえたのですか?

いいえ。石高は土地の生産力・課税基準等を示す指標で、全量が家臣の手取りになるわけではありません。

知行高は武将の年収ですか?

そのまま年収とは言えません。年貢率、軍役、家臣団維持費、地域経済などを考える必要があります。

知行と軍役はどう関係しますか?

知行を経済基盤として、家臣は主君へ兵員・馬・武器などの軍役を負担しました。基準は大名・時期により異なります。

扶持とは何ですか?

本来は扶助する意味で、武士社会では米などを支給して家臣・奉公人を養う意味でも使われました。

戦国時代にも扶持米はありましたか?

米などで家臣を扶持することは戦国以前からあります。ただし江戸時代の制度化された一人扶持等をそのまま戦国期へ当てはめることはできません。

知行取と蔵米取の違いは何ですか?

主として江戸時代の制度で、知行取は知行地から年貢等を得る家臣、蔵米取は幕府・藩の蔵から俸禄米を受け取る家臣を指します。

戦国武将の知行を現代円に換算できますか?

厳密な固定換算はできません。石高・貫高、物価、年貢率、軍役、扶養する家臣数など条件が大きく異なります。