戦国時代を題材にした小説、ゲーム、ドラマでは、「家老」「侍大将」「足軽大将」「馬廻」「小姓」「近習」といった役職名が頻繁に登場します。

ところが、これらを現代企業のように、

大名
↓
家老
↓
侍大将
↓
足軽大将
↓
足軽

という一本の階級表で理解しようとすると、実際の戦国時代とは大きくずれてしまいます。

戦国大名の家臣団には、主君のそばで働く者、政務を担当する者、戦場で部隊を率いる者、命令を伝達する者、城や地域を支配する者など、さまざまな役割がありました。

しかも、名称も職掌も全国共通ではありません。

織田氏、武田氏、上杉氏、北条氏、毛利氏、島津氏など、それぞれの家で組織の仕組みは違いました。同じ「奉行」「馬廻」「近習」と呼ばれる者でも、時代や大名家によって役割に差があります。

さらに注意したいのは、江戸時代になると大名家の職制がかなり制度化されることです。

後世に整理された「家老」「用人」「番頭」「小姓組」といった制度を、そのまま戦国時代に当てはめると誤解が生じます。

この記事では、戦国時代の家臣団について、

  • 家老・宿老
  • 奉行
  • 侍大将
  • 足軽大将
  • 馬廻
  • 小姓
  • 近習
  • 使番
  • 右筆
  • 城代・城番
  • 足軽

などの役職を整理しながら、それぞれ何をしていたのかを分かりやすく解説します。

最も重要なのは、これらを「固定的な身分ランキング」ではなく、政治・軍事・主君側近・地域支配という役割の違いとして理解することです。

まず結論|戦国時代の役職は全国共通ではない

最初に、代表的な役職を大まかに整理してみましょう。

名称 主な役割のイメージ 注意点
家老・宿老 主君を補佐する重臣 名称・権限は家ごとに異なる
奉行 行政・財政・軍事など特定業務を担当 「奉行」という一つの役職ではない
侍大将 侍を中心とした部隊を指揮 戦場での役割名としての性格が強い
足軽大将 足軽部隊を率いる 足軽本人ではなく武士層が務めることがある
馬廻 主君の周囲に仕える直臣・護衛 親衛隊だけではなく側近的人材も含み得る
小姓 主君の身辺に近侍する若年層など 家・時代によって役割が違う
近習 主君のそばで日常的に奉仕する近臣 小姓・馬廻などと重なる場合がある
使番 命令伝達・軍使・監察など 戦場で重要な情報伝達役
右筆 文書作成・記録・書状関係 主君の意思を文書化する重要職
城代 主君に代わって城を預かる 城番より権限が大きい場合がある
城番 城の警備・守備を担当 城代との区別は家によって異なる
足軽 集団戦を担う歩兵層 戦国後期ほど組織化が進む

これはあくまで理解のための整理です。

「家老は必ず侍大将より上」「馬廻は必ず足軽大将より上」といった全国共通の法則があったわけではありません。

戦国時代の武家組織では、

  • 身分
  • 主君との近さ
  • 知行高
  • 家格
  • 軍事指揮権
  • 行政上の役職
  • 一門か譜代か外様か

など複数の要素が重なっています。

そのため「役職」と「身分」と「家格」を分けて考えることが重要です。

戦国大名の家臣団はどう構成されていたのか

戦国大名の家臣団は、一枚岩ではありません。

大まかには、

  • 一門
  • 古くから仕える譜代家臣
  • 新しく従属した国衆
  • 主君直属の近臣
  • 行政実務を担う奉行人
  • 戦闘部隊を率いる武将
  • 足軽などの兵士
  • 文書・輸送・普請などを担う実務層

が組み合わさっていました。

たとえば武田氏家臣団を扱う研究では、有名な「武田二十四将」だけでなく、中小家臣団、在郷被官衆、地侍、女性までを含めた広い家臣団像が研究されています。

つまり、「大名の家臣」と一口に言っても、全員が同じ形で仕えていたわけではありません。

城下に常駐する者もいれば、自分の領地に住み、軍役の際に兵を率いて参加する者もいました。

主君から直接命令を受ける近臣と、有力家臣を介して命令を受ける者でも立場は違います。

戦国大名の家臣団は、現代の会社組織図よりも、複数の主従関係や地域支配を束ねた「連合的な組織」として見るほうが理解しやすい場合があります。

家老・宿老とは何か

主君を支える重臣

「家老」は一般に、大名・武将の家政や政治を補佐する重臣を指します。

ただし、戦国期にどの大名家にも「家老」という同じ制度が整備されていたわけではありません。

「宿老」「老臣」「年寄」など、似た位置にある重臣を表す呼称が使われることもあります。

宿老という言葉には、長く家に仕えた重臣・老臣という意味合いがあります。

彼らは単なる相談役ではありません。

場合によっては、

  • 評定への参加
  • 他の家臣への命令伝達
  • 軍勢の指揮
  • 外交交渉
  • 城や地域の支配
  • 家臣間の紛争処理

など、大きな権限を持ちました。

家老と宿老は完全な同義語ではない

一般向け記事では「家老=宿老」と説明されることがあります。

実際には、家によって使われ方が違います。

宿老が特に古参・有力家臣を指す場合もあれば、後世に家老職として制度化される例もあります。

したがって、

宿老 → 家老 → 侍大将

という固定順位を全国共通の制度として示すのは適切ではありません。

重要なのは、その家で誰が評定に参加し、誰が主君の名代として命令を出し、誰が軍団や地域を任されていたかです。

奉行とは何か

「奉行」は戦国時代を理解するうえで非常に重要な言葉です。

現代では「町奉行」など江戸幕府の役職を連想しがちですが、戦国期の奉行はもっと幅広い存在でした。

簡単に言えば、特定の政務・業務を担当する実務責任者です。

たとえば、

  • 財政
  • 年貢
  • 訴訟
  • 普請
  • 軍事
  • 兵糧
  • 馬
  • 船
  • 鉄砲
  • 寺社
  • 外交

など、それぞれの分野を担当する奉行が置かれることがあります。

つまり「奉行」という一つの仕事内容があるのではなく、

○○奉行

という形で、担当分野を持つことが多いのです。

奉行は必ず重臣とは限らない

奉行という名前から「大名家の最高幹部」と考える必要もありません。

高度な実務能力を評価された中堅家臣が奉行を務めることもあります。

反対に、大きな政治権限を持つ有力家臣が奉行職を兼ねる場合もあります。

ここでも、役職名だけで身分を決められません。

侍大将とは何か

戦場で武士部隊を率いる指揮官

侍大将は、戦場で一定規模の武士・兵を率いる指揮官として理解すると分かりやすい役職です。

大軍勢になると、大名本人が一人ですべての兵へ直接命令することはできません。

軍勢を複数の部隊に分け、

  • 先陣
  • 二陣
  • 本隊
  • 後陣

などに配置し、それぞれに指揮官を置きます。

こうした部隊を率いる武将を侍大将と呼ぶ場合があります。

「侍大将」という常設の官職とは限らない

注意したいのは、侍大将が現代軍の「大佐」のように全国共通の階級として固定されていたわけではない点です。

軍勢編成、家臣団構造、時期によって呼び方は変わります。

「武者大将」「先手大将」「備の大将」など、似た役割を別の名前で表す場合もあります。

侍大将という名称を見たら、

何人を率いていたか

だけでなく、

どの家の、どの時期の、どの軍勢編成なのか

を見る必要があります。

足軽大将とは何か

足軽大将は、その名の通り足軽を中心とする部隊を率いる指揮官です。

ここでよくある誤解があります。

足軽大将自身が、一般の足軽と同じ身分だったとは限りません。

足軽部隊を統率するため、武士身分の家臣が足軽大将・足軽頭などを務めることがあります。

戦国後期になるほど、

  • 鉄砲足軽
  • 弓足軽
  • 長柄足軽

などの集団運用が重要になります。

そのため足軽をまとめる指揮官の存在も重要になりました。

足軽大将と侍大将

大まかには、

侍大将
→ より大きな武士・兵のまとまりを指揮

足軽大将
→ 足軽部隊を直接統率

という違いを考えることができます。

ただし、これも軍制によって異なります。

侍大将の下に足軽大将が配置される場合もあれば、鉄砲・槍など兵種別の頭が編成される場合もあります。

馬廻とは何か

主君の近くに仕える直臣

「馬廻」は、戦国史好きには非常に馴染みのある言葉です。

一般には、主君の身辺を護衛し、戦場では本陣周辺を固める直臣層として知られています。

織田信長の家臣団を扱った谷口克広『信長の親衛隊』でも、馬廻や小姓が戦場で本陣を固めたことが紹介されています。

ただし、馬廻を単純に「ボディーガード」とだけ考えると不十分です。

主君の近くにいるということは、

  • 主君から直接命令を受ける
  • 主君の考えを知る
  • 急な任務を命じられる
  • 使者や監察役になる
  • 将来の有力家臣として経験を積む

機会が多いということでもあります。

馬廻はエリート育成層にもなり得る

馬廻には、若い有望家臣や主君の信頼を受けた者が選ばれることがあります。

主君のそばで経験を積んだ人物が、後に部隊指揮官や行政担当者として出世することもあります。

したがって、馬廻は

親衛隊

という軍事的性格と、

主君直属の近臣層

という政治的性格を合わせ持つ場合があります。

小姓とは何か

小姓も主君の身辺に仕える役割として知られています。

日常生活の補助、身辺警護、使者、取次など、主君の身近でさまざまな仕事を担います。

若年の武士が小姓として仕え、主君の近くで経験を積むこともありました。

「身の回りの世話係」だけではない

現代人が「小姓」と聞くと、主君の衣服や身の回りを世話する少年というイメージを持ちやすいでしょう。

しかし実際には、主君の近くにいることそのものが重要でした。

戦場では武装して主君を守ることもあります。

主君から直接情報や命令を受けられる立場であるため、政治的にも軽視できません。

織田信長の小姓として知られる森蘭丸も、「美少年の側仕え」という後世のイメージだけでは、その役割を十分に理解できません。

小姓・近臣層には、文書、命令伝達、使者、警護など実務的な仕事がありました。

近習とは何か

「近習」は文字通り、主君の近くに仕える者を指します。

近臣・側近と意味が重なることがありますが、完全に同義とは限りません。

近習は、

  • 主君の身辺奉仕
  • 命令の伝達
  • 来客との取次
  • 主君の外出・出陣への随行
  • 護衛
  • 文書・事務補助

などに関わる場合があります。

近習という役職を固定しすぎない

近習の分類が明確に制度化されていくのは近世以降です。

戦国期については、大名家ごとに呼称や役割が異なり、

  • 小姓
  • 馬廻
  • 近臣
  • 近習

の境界が曖昧な例があります。

そのため「近習は小姓の上司」「馬廻は近習より上」といった固定序列を作るべきではありません。

馬廻・小姓・近習は何が違うのか

この3つは特に混同されやすい用語です。

大まかに整理すると、

馬廻

軍事・護衛的性格が比較的強く、主君の周囲を固める直属武士。

小姓

若年層を含むことが多く、主君の身辺に近く仕え、身辺奉仕・使者・警護・実務などを担う。

近習

主君の身近に仕える者を広く表す言葉として使われる場合があり、小姓・馬廻などと重なる。

という整理が可能です。

ただし、

馬廻=軍人
小姓=世話係
近習=秘書

と完全に分けるのも正確ではありません。

戦国期の主君側近は、一人が軍事・文書・使者・護衛を複数担うことがあります。

現代組織の「部署」のように仕事が完全分業されているわけではないからです。

使番とは何か

使番は、戦場で非常に重要な役割を持ちました。

大軍勢では、総大将から各部隊への命令を迅速に伝える必要があります。

そこで使番などの伝令役が、

  • 出撃
  • 後退
  • 陣形変更
  • 援軍要請
  • 戦況報告

などを伝えます。

ただの伝令ではない

戦場では、

命令を正しく理解して伝える

だけでも高度な能力が必要です。

誤った命令を伝えれば、部隊全体が危険になります。

さらに使番は、

  • 戦況を見る
  • 諸隊の働きを確認する
  • 主君へ報告する

といった監察的役割を持つ場合もあります。

そのため主君から信頼された武士が使番に選ばれました。

右筆とは何か

右筆は、文書作成を担当する役割です。

戦国大名は大量の書状・命令・判物などを発給しました。

大名本人がすべてを書くわけではありません。

主君の意思を理解し、それを正確な文書にする右筆・書記役が必要でした。

文書行政を支える専門人材

戦国大名が広い領国を支配するようになると、

  • 所領安堵
  • 軍事命令
  • 年貢
  • 外交
  • 寺社
  • 家臣への指示

などの文書量が増えます。

武力だけで大国を統治できるわけではありません。

右筆や奉行人といった実務者は、大名権力の「行政装置」を支える存在でした。

城代・城番とは何か

城代

城代は、主君や城主に代わって城を預かる立場を意味します。

重要な城では、

  • 城の防衛
  • 城下・周辺地域の統治
  • 家臣・兵士の統率
  • 周辺勢力への対応

など、大きな権限を持つことがあります。

「主君の代理」という性格が強いため、信頼された有力家臣が任じられる例があります。

城番

城番は、城の守備・警備を担う者です。

城代と城番は似ていますが、

城代
→ 城主の代理として比較的大きな権限

城番
→ 城の守備・警備を担当

という区別が理解しやすいでしょう。

ただし、この区別も全大名家で完全に統一されていたわけではありません。

足軽とは何か

足軽は、戦国時代の軍隊を語るうえで欠かせません。

戦国前期から後期にかけて、戦争が大規模化すると、個々の武士の戦闘だけでなく、多数の歩兵を集団として運用することが重要になります。

足軽には、

  • 槍
  • 弓
  • 鉄砲

などを扱う者がいました。

足軽=弱い雑兵ではない

ゲームや映画では「最下級の弱い兵士」として描かれることがあります。

しかし、集団戦では足軽の統率が軍勢の強さを大きく左右しました。

特に鉄砲・長柄などは、個人の武勇より部隊としての運用が重要です。

それを統率する足軽大将・足軽頭などの役割も重要になります。

また、「足軽」という言葉の範囲自体も時代や家によって異なります。

現代人が考える明確な兵種・身分区分をそのまま当てはめないほうがよいでしょう。

戦場と平時では役職が違う

戦国家臣団を理解するとき、最も大切なポイントの一つです。

ある家臣が、

平時:
奉行として領国行政

戦時:
一隊を率いる武将

ということは珍しくありません。

家臣一人に一つだけの肩書が与えられ、それだけを生涯担当するとは限りません。

たとえば有力家臣なら、

  • 評定に参加
  • 外交を担当
  • 城を預かる
  • 戦時には軍勢を率いる

という複数の機能を持つことがあります。

主君の近臣も同様です。

馬廻として主君を警護していた者が、使番となって命令を伝えたり、成長して軍勢指揮を任されたりすることもあります。

したがって、

この武将の役職は何?

という問いに一つの答えしかないとは限りません。

織田信長の家臣団から見る役職

織田信長の家臣団を見ると、戦国家臣団が単純なピラミッドではないことがよく分かります。

軍団を任された有力武将

柴田勝家、羽柴秀吉、明智光秀、滝川一益などは、大軍勢や広域支配を任される存在へ成長しました。

和田裕弘『織田信長の家臣団』では、こうした軍団長とその配下の人間関係が、地縁・血縁などから検討されています。

彼らは単なる「侍大将」という一つの職で説明できる存在ではありません。

軍事指揮だけでなく、城・地域支配・外交など大きな権限を持ちました。

馬廻・小姓・近臣

一方で、信長のそばには馬廻や小姓、近臣・近従がいました。

谷口克広『信長の親衛隊』が示すように、馬廻・小姓は戦場で本陣を固めるだけでなく、近臣・近従は秘書・吏僚として政治面でも活動しました。

つまり信長の家臣団には、

広域支配を担う大武将

と

主君直属で動く近臣

という異なる出世・権力の経路がありました。

「信長のすぐそばにいるから小物」ということではありません。

むしろ主君への近さ自体が、大きな政治的価値を持つことがあります。

武田氏の家臣団から見る役職

武田信玄の家臣団は、「武田二十四将」という有名な呼称のため、24人の重臣で軍団が構成されていたように想像されがちです。

しかし実際の家臣団ははるかに大きく複雑です。

『武田氏家臣団人名辞典』では、有名武将だけでなく、中小家臣団、在郷被官衆、地侍、夫人まで幅広く扱われています。

このことからも、

大名
↓
二十四将
↓
足軽

という単純な軍団ではないことが分かります。

武田氏の領国支配には、

  • 有力家臣
  • 国衆
  • 在郷被官
  • 地侍
  • 奉行人
  • 足軽などの軍事要員

が複雑に組み込まれていました。

戦国大名は、既存地域社会を一度解体して近代軍隊を作ったわけではありません。

地域に存在していた武士団・国衆・村落組織を組み込みながら、軍事・行政組織を形成していったのです。

よくある誤解

誤解1|戦国時代には全国共通の階級表があった

ありません。

「家老→侍大将→足軽大将」のような整理は理解の助けにはなりますが、全国共通制度ではありません。

大名家ごとに職制・名称・権限は異なります。

誤解2|家老が必ず最上位の役職だった

家老・宿老・年寄など、重臣を表す名称は家によって異なります。

また一門や大規模な国衆・軍団長など、単純な役職序列だけで比較できない存在もいました。

誤解3|小姓は少年の世話係だった

身辺奉仕は重要な仕事ですが、それだけではありません。

警護、使者、命令伝達、文書、主君直属任務などを担うことがあります。

誤解4|馬廻は騎馬兵だった

「馬廻」という名称を、単純な騎兵兵種と考えるのは適切ではありません。

主君の周囲に仕える直属家臣・護衛という性格が重要です。

誤解5|足軽大将は足軽だった

必ずしもそうではありません。

足軽集団を率いる指揮官として武士層が務めることがあります。

誤解6|奉行は江戸時代の役職だった

江戸幕府で制度化された奉行職が有名ですが、「奉行」という役割自体は中世・戦国期にも存在します。

ただし戦国期の奉行を、江戸幕府の町奉行・勘定奉行制度と同じものとして説明してはいけません。

誤解7|役職は一人一つだった

複数の仕事を兼ねる家臣は少なくありません。

平時と戦時で役割が変わる場合もあります。

戦国武将を見るときは、肩書を一つだけ探すのではなく、その人物がいつ、どの主君のもとで、何を任されていたかを見ることが重要です。

まとめ

戦国時代の家臣団には、家老・宿老・奉行・侍大将・足軽大将・馬廻・小姓・近習・使番・右筆・城代・城番など、多種多様な役割が存在しました。

ただし、それらは全国共通の固定階級ではありません。

大まかに見ると、

  • 家老・宿老:主君を補佐する重臣
  • 奉行:特定分野の行政実務を担当
  • 侍大将:戦場で部隊を率いる
  • 足軽大将:足軽部隊を統率
  • 馬廻:主君直属の護衛・近臣
  • 小姓:主君の身近に仕える若年武士など
  • 近習:主君の近くで奉仕する近臣
  • 使番:命令伝達・監察
  • 右筆:文書作成
  • 城代:主君に代わり城を預かる
  • 城番:城を守備する
  • 足軽:集団戦を担う兵士

と整理できます。

しかし、本当に重要なのは名前よりも「何を任されていたか」です。

同じ武将でも、行政官、城代、外交担当、軍事指揮官など複数の顔を持つことがあります。

そして各大名家の家臣団を見ると、その大名がどのように領国を支配し、どのように戦争を行ったのかが見えてきます。

戦国時代を武将個人の強さだけでなく、「組織」として見ると、歴史はさらに立体的になります。

参考資料

  1. 昭和館デジタルアーカイブ
    『戦国武家事典』
    家臣団の構成、平時・戦時の役職、侍大将、足軽大将、城代・城番等を収録。
  2. 谷口克広
    『信長の親衛隊―戦国覇者の多彩な人材』
    中央公論社、中公新書。
    国立国会図書館書誌ID:
    000002757197
  3. 和田裕弘
    『織田信長の家臣団―派閥と人間関係』
    中央公論新社、中公新書。
    国立国会図書館書誌ID:
    027967648
  4. 柴辻俊六・平山優・黒田基樹・丸島和洋 編
    『武田氏家臣団人名辞典』
    東京堂出版。
    国立国会図書館書誌ID:
    026356818
  5. 服部治則
    『武田氏家臣団の系譜』
    岩田書院。
    国立国会図書館書誌ID:
    000009230124

FAQ

戦国時代で家老と宿老は何が違いますか?

全国共通の明確な区分はありません。どちらも主君を補佐する重臣を表す場合がありますが、家によって名称・権限・家格が異なります。固定した上下関係として覚えないほうが安全です。

侍大将と足軽大将はどちらが上ですか?

一般には侍大将がより大きな武士・兵の部隊を率い、足軽大将が足軽部隊を統率するイメージがあります。ただし軍制は大名家ごとに異なり、全国共通の階級表ではありません。

馬廻とは騎馬武者のことですか?

単なる騎馬兵種ではありません。主君の周囲に仕える直属家臣・護衛という性格が重要です。主君から直接任務を受ける近臣として活動する場合もあります。

小姓と近習の違いは何ですか?

両者は役割が重なることがあります。小姓は若年武士が主君の身辺に仕える形で語られることが多く、近習は主君の近くで奉仕する近臣を広く示す場合があります。家や時代によって区別は一定ではありません。

足軽大将は足軽ですか?

足軽部隊を率いる指揮官であり、必ずしも一般足軽と同じ身分ではありません。武士身分の家臣が足軽大将・足軽頭を務めることがあります。

奉行は何をする人ですか?

特定業務を担当する実務責任者です。年貢・財政・訴訟・普請・軍事・馬・船など、担当分野によってさまざまな奉行が置かれました。

使番は何をする役職ですか?

主に命令伝達や戦況報告を担います。戦場で各部隊を移動しながら主君の命令を伝えるため、高い判断力と信頼を求められる役割でした。

戦国時代に「軍師」という正式な役職はありましたか?

現代作品で描かれるような、全国共通の「軍師」という固定官職が各大名家に存在したと考えるのは危険です。軍事・外交・評定で主君を補佐する人物はいましたが、後世の軍師像と同一視しないほうがよいでしょう。