この記事で分かること

慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いが始まる直前。

岐阜城は東軍の攻撃を受け、落城しました。

城主は織田秀信。

織田信長の孫で、幼名は三法師です。

岐阜城は金華山上の要害。

信長が天下布武を掲げた象徴的な城でもあります。

なぜその岐阜城が、関ヶ原本戦の前に落ちたのでしょうか。

まず結論――岐阜城は「山城として弱かった」のではなく、広域戦の中で孤立した

岐阜市公式は、秀信が西軍に加担し、東軍と木曽川で戦った後、福島正則・池田輝政らの攻撃を受けて岐阜城が落城したと説明しています。

重要なのは、いきなり山頂の城だけが攻撃されたわけではないことです。

木曽川の防衛線が破られる。 東軍が美濃へ進入する。 城下・周辺拠点が圧迫される。 最後に岐阜城が孤立する。

この順序で見る必要があります。

織田秀信とは誰か

秀信は織田信忠の長男。

本能寺の変で祖父・信長と父・信忠が死去した後、清須会議で織田家後継の中心に据えられた人物です。

幼名の三法師でよく知られています。

その後、1592年に岐阜城主となりました。

なぜ西軍についたのか

1600年、徳川家康と石田三成らの対立が全国規模の戦争へ発展します。

秀信は西軍側につきます。

この判断によって、岐阜城は東海道・中山道方面から進む東軍にとって重要な攻略目標となりました。

岐阜城はなぜ重要だったのか

岐阜は美濃の中心。

東海道・中山道方面から近畿へ向かう途中の重要地域です。

東軍が西へ進むためには、背後に西軍の有力城を残したくありません。

そのため岐阜城攻略には大きな戦略的意味があります。

木曽川防衛

秀信軍は岐阜城に籠るだけではなく、木曽川方面で東軍を迎え撃ちました。

ここで防げれば、敵を美濃へ入れずに済みます。

しかし東軍側は福島正則、池田輝政ら有力大名を含む大軍でした。

池田輝政の存在

岐阜市公式は、池田輝政がかつて岐阜城主だったことを紹介しています。

つまり攻撃側に、城と周辺地域をよく知る人物がいたことになります。

地形・城下・道路を知ることは攻城側にとって有利です。

福島正則

福島正則も東軍の主力武将です。

豊臣政権で大きな軍歴を持ち、関ヶ原前哨戦でも積極的に動きました。

秀信は複数の有力武将を同時に相手にすることになります。

山城だけでは守れない

岐阜城は金華山上にあります。

山頂部は攻めにくい。

しかし戦国末期の城は、山頂だけで成立していません。

麓の居館。 城下。 道路。 補給路。 周辺拠点。

これら全部が防御システムです。

城下を失う意味

敵が城下まで進入すれば、山頂城郭は孤立します。

食料。 増援。 情報。 退路。

が制限されます。

高い山にいることが、逆に逃げにくさにつながる場合もあります。

なぜ長期籠城にならなかったのか

関ヶ原前の戦況では、西軍から大規模援軍がすぐ来る条件ではありません。

東軍側は西進を急いでいます。

秀信側は兵力でも政治状況でも不利でした。

長く籠城しても援軍がなければ、戦局改善は期待しにくい。

秀信は降伏

最終的に秀信は降伏。

岐阜市公式は、その後出家し、高野山へ送られたと説明しています。

織田家の象徴的な城は、関ヶ原本戦前に東軍の手へ渡りました。

岐阜城落城は関ヶ原にどう影響したか

東軍は美濃への進入路を確保。

西軍側の重要拠点を一つ排除。

その後、両軍は関ヶ原へ向かいます。

岐阜城攻略は本戦前の重要な前哨戦でした。

落城要因を6項目で整理

要因 内容
西軍参加 岐阜城が東軍の攻略対象になる
木曽川 前線防衛が突破される
東軍 福島・池田ら有力軍
地理情報 池田輝政は旧岐阜城主
孤立 城下・周辺を失う
援軍 大規模救援を期待しにくい

戦国倶楽部的分析――「山頂の城HP」より「外周防衛線」

ゲームでは天守だけを見がちです。

しかし実際には、

木曽川。 城下。 道路。 麓の防御。

が先に破られています。

岐阜城は最後のコア。

外周防衛線が消えた後の山頂城だけでは、戦局を逆転できなかった

と見ると分かりやすいでしょう。

よくある疑問

Q. 岐阜城は弱い城だったのですか

いいえ。金華山の地形を使った強い城ですが、城は周辺防衛線と補給があってこそ機能します。

Q. 織田秀信は信長の孫ですか

はい。織田信忠の子で、幼名三法師です。

Q. 岐阜城落城は関ヶ原本戦の後ですか

いいえ。関ヶ原本戦より前の前哨戦です。

まとめ

1600年の岐阜城落城は、

「信長の城なのに弱かった」

という話ではありません。

木曽川防衛が破られ、 東軍の大軍が入り、 城下が圧迫され、 岐阜城が孤立する。

この広域戦の結果でした。

岐阜城は、

どれほど強い要害でも、周辺地域と援軍を失えば単独では戦局を変えられない

ことを示しています。

参考情報

  • 岐阜市「岐阜城の歴代城主」
  • 岐阜市「市の歴史」