戦国時代における薬の概要

戦国時代(15世紀後半~16世紀末)には、日本独自の自然薬や漢方薬が広く用いられ、人々は薬草や動物、鉱物などの天然資源から作られた薬を利用していました。この時代の医療は、主に中国から伝来した漢方医学が基本であり、薬物療法は薬草の煎じ薬塗り薬湿布薬などが中心でした。

また、戦乱が絶えない時代だったため、合戦中に使われる応急薬や傷薬も重要でした。武士や農民の間には、口承による民間の薬の知識が広まり、地方ごとに異なる治療法が存在しました。

ここでは、代表的な薬やその使用方法を、薬草、動物性の薬、鉱物性の薬、輸入薬などに分けて詳しく解説します。


1. 薬草を原料とする薬

薬草は、戦国時代の人々にとって最も身近な薬の原料でした。山や野で採取した植物を乾燥させて保存し、病気に応じて煎じたり、湿布にしたりして使用しました。

◼️ 代表的な薬草とその効能

  • ゲンノショウコ(現の証拠)
    • 【用途】下痢止め、腹痛の治療
    • 【使用法】乾燥させた葉を煎じて飲むことで、消化器系の病気に効果を発揮しました。
  • ドクダミ
    • 【用途】解毒、皮膚病、腫れ物の治療
    • 【使用法】乾燥させて煎じて飲むほか、葉をすり潰して傷口に直接塗ることで感染を防ぎました。
  • ヨモギ
    • 【用途】止血、消毒、冷え症や腹痛の改善
    • 【使用法】葉をすり潰して傷口に貼ることで止血し、また煎じたものを飲むと冷えや胃腸の不調を和らげました。
  • センブリ
    • 【用途】胃腸の調子を整える薬
    • 【使用法】非常に苦い成分を持つ草で、煎じて飲むことで胃痛や食欲不振の改善に使われました。
  • アシタバ(明日葉)
    • 【用途】疲労回復、解毒、滋養強壮
    • 【使用法】葉を乾燥させて茶として飲むことで、疲労や栄養不足の解消を図りました。

2. 動物性の薬

動物由来の成分も重要な薬の一部として利用されました。特に貴重な材料は、高級薬として武士や富裕層が用いることが多かったです。

◼️ 代表的な動物性の薬

  • 熊胆(ゆうたん)
    • 【用途】解熱、消炎、解毒
    • 【原料】熊の胆のう(熊の胆汁を乾燥させたもの)
    • 【使用法】粉末状にして飲むか、煎じて服用することで内臓疾患の治療に使われました。特に解熱効果が高いとされました。
  • 牛黄(ごおう)
    • 【用途】解毒、精神安定、滋養強壮
    • 【原料】牛の胆石
    • 【使用法】粉末として他の薬と調合され、強い解毒作用があると信じられました。
  • スッポン
    • 【用途】滋養強壮、貧血の改善
    • 【使用法】スッポンの肉や血を薬膳として食べるほか、煎じ薬にもされました。
  • ボラの浮袋(にかわ)
    • 【用途】傷薬、止血
    • 【使用法】浮袋から得られるにかわ(コラーゲン)を加工し、傷の治癒を促進する薬として使用されました。

3. 鉱物性の薬

鉱物性の薬は主に、粉末にして飲むか、傷口に直接塗ることで使われました。自然界の鉱石や鉱物が薬効成分を含むと信じられており、下記のような薬が知られていました。

◼️ 代表的な鉱物性の薬

  • 硫黄(いおう)
    • 【用途】皮膚病、感染症の治療
    • 【使用法】粉末にして皮膚に塗布するか、温泉療法で体全体に硫黄成分を浸透させることで効果を得ました。
  • 雄黄(ゆうおう)
    • 【用途】解毒、虫下し
    • 【使用法】粉末にして飲むことで体内の毒を取り除くとされましたが、使用量を誤ると有毒でした。
  • 鉛丹(えんたん)
    • 【用途】外傷の治療
    • 【使用法】粉末として傷口に塗ることで、消毒や膿の排出を促す効果があると信じられていました。

4. 輸入された薬(南蛮薬や唐薬)

戦国時代後期には、南蛮貿易(ポルトガルやスペインなどとの貿易)や明(中国)との交易によって、外国から輸入された薬が広まりました。これらの輸入薬は「南蛮薬」や「唐薬」と呼ばれ、特に貴重品として上流階級や武士たちが使用しました。

◼️ 代表的な輸入薬

  • 阿片(アヘン)
    • 【用途】鎮痛薬としての使用
    • 当時は強い痛み止めや鎮静効果があるとされ、重傷者の治療に使われることがありました。
  • 竜脳(りゅうのう)
    • 【用途】鎮痛、気つけ、解毒
    • 東南アジアから輸入された香料であり、気絶した人を蘇生させるために用いられました。また、精神安定剤としても使われました。
  • 西洋の香薬(麝香、沈香など)
    • 【用途】滋養強壮、精神安定
    • 【使用法】香り成分を煎じて飲むか、匂いを嗅いで精神を安定させる療法が行われました。

5. 合戦で使われた薬と応急処置薬

戦国時代は戦乱が続いたため、武士たちが合戦中に使える薬や応急処置用の薬も発達しました。

  • 止血薬:ヨモギやタンポポの葉
    傷口に直接貼り付けることで止血を促しました。また、にかわ(動物性接着剤)を塗って止血することもありました。
  • 傷口の感染予防:ウコンや塩水
    傷口を洗浄し、ウコンの粉を振りかけて抗菌作用を期待しました。
  • 痛み止め:阿片や酒
    激しい痛みには阿片を少量服用したり、酒で痛みを和らげる方法が取られました。

6. 薬の保存方法と調合技術

戦国時代の薬は、基本的に乾燥させて保存され、長期間使えるように工夫されていました。また、薬師や寺院の僧侶が薬草を調合することが多く、各地域には薬草園が存在しました。調合には、体質や病状に応じて複数の薬草を混ぜるオーダーメイドの処方が行われました。


7. 結論:戦国時代の薬の意義とその後の発展

戦国時代の薬は、現代の漢方薬の基礎を築き、日本人の伝統的な治療法に深く影響を与えました。江戸時代に入ると、これらの薬の知識がさらに体系化され、「本草学(薬草学)」として発展しました。また、輸入薬の影響により日本独自の薬学も発展し、今日の漢方医療や自然薬に受け継がれています。

戦国時代の薬は、自然の力を最大限に活用する知恵と経験の積み重ねであり、当時の人々がどのようにして健康を守っていたのかを示す貴重な文化の一部です。