こうり むねなが
1532-1601
享年70歳。
名称:覚阿弥、播磨、治部大輔、
点了斎不曲
■奥州守護代・桑折貞長の子。
貞長は伊達家14代目当主・伊達稙宗
の六男・四郎を嗣子として迎え、養育し
ていたが、これが夭逝したため、出家し
て覚阿弥と称していた相州藤沢遊行寺
に入っていた実子を還俗させ、跡目を
継がせた。
貞長の実子・覚阿弥は名を桑折宗長と
改名し、桑折家の家督を継いだ。
■宗長は伊達家重臣として輝宗・政宗の
二代に仕え、活躍した。
政宗の代には、評定衆の一人に列して
伊達家の軍政両面の政策に深くかか
わる重役となった。
■1589年、蘆名氏との戦い摺上原合戦で
は、子の政長とともに出陣し、軍功を立
てている。
■その後、宗長は桑折家の家督を実子の
政長に譲り、隠居。入道して点了斎不
曲と号した。
1601年、伊達家の栄華を見て、
没した。
享年70歳。
桑折 宗長
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