上杉 景信
うえすぎ かげのぶ
1529?-1578

名称:越の十郎、古志の十郎

■上杉謙信の母の実家である古志長尾
一族の総帥として一族を切り盛りした。

■1559年、主君・謙信の上洛を祝った太刀
献上では、直太刀之衆として一門筆頭
の地位を勤めた。

■1561年、謙信が越後国主となり、関東管
領上杉家の名跡を継ぐと、景信は謙信
の一門として上杉姓を名乗ることを許
された。

■1578年、謙信が没すると府中の御館に
拠る謙信の養子・上杉景虎を上杉家後
継者に推す。
同じく謙信の養子・景勝と対立し、家督
争いが巻き起こる。
単に上杉家の家督争いだけではなく、
景信の古志長尾一族と景勝の上田長
尾一族の勢力争いも混在する争乱で
あり、景信は一族筆頭として激しく家督
争いに加わった。
争乱の中、景信は居多浜(こたはま)で
山浦国清と戦い、討死する。