さなだ だいすけ

1602-1615

享年14歳。

通称:信昌、幸昌

真田信繁(幸村)の長子として生まれる。母は、大谷吉継の娘。

関ヶ原の戦い後、真田昌幸・幸村父子が紀伊国高野山麓の九度山に幽閉される。

大助はその地で生まれ育つ。

1614年、豊臣家が徳川家と対立すると大助は父に従い、九度山を脱出。

大坂城へ入った。

1614年大坂冬の陣、1615年大坂夏の陣に豊臣方として、真田軍の武将として戦う。

父・幸村が戦死後も、大坂城にとどまり、豊臣秀頼とともに自刃して果てた。