”人間五十年”と織田信長が好んで舞った敦盛の言葉は、戦国時代の一般的寿命の目安が五十歳であったようだ。そんな戦国乱世の中にあって、長寿を全うした戦国武将たちがたくさんいる。

名の知れた戦国武将の中で、特に長寿であった武将たちをランキングしてみた。

近年、北条早雲の寿命は、69歳説が唱えられているが、
一般的には、88歳の長寿を全うしたことで知られている。

武名でその名と天下に轟かせた島津義弘、宇喜多秀家が長寿を全うしている。

海産物など現代でも健康長寿に良いとされる食べ物を好んで食べていたことが長寿の秘訣であったろう。

島津義弘は、料理の腕前も一級品であった。島津家臣団に自慢の料理を振る舞っていたという。

宇喜多秀家は、関ヶ原の戦いで西軍の主力として、奮戦した。戦後は八丈島へ流されているが、南国海洋の島流しは、健康長寿の海産物が豊富だったに違いない。

北条早雲は、長年、伊豆国韮山城を居城としていた。健康長寿の野菜と呼ばれる韮をたくさん食したことが長寿の秘訣であったかも知れない。

徳川家康の五男・松平忠輝は、92歳と長寿を全うしている。伊達政宗の娘婿となり、徳川家康から警戒されたため、改易、諸国流浪の不遇を託った生涯であったが、全国の海産珍味を食して、健康長寿を得たか。

龍造寺家兼は、肥前国有明海を望む土地を領していた。海産物で健康長寿を手にしたのかも知れない。

南光坊天海は、修験者として若き日を山野を駆け巡り過ごした。山伏(やまぶし)として、修行に励む傍ら、長寿の秘薬と呼ばれた山伏茸を常食していたのだろうか。

戦国乱世、真っ只中にあっても、長寿を成す諸将は、実に多かった。