戦国ファンタジー系の大河ドラマとして、今作品の評価は、賛否両論、意見が分かれるところが多いように見受けられる。

私としては、いち視聴者として、観るに良い意味で、21世紀の新時代にふさわしい果敢な試みであると感じる。

一つには、殺伐とした戦国乱世の時代背景の中にあって、人間ドラマ、特に現代に生きる人々にとって、共感や感銘、時代の垣根を超えた共通ビジョンのようなものを描き出そうとする点で、一定の高い評価をすべきだと思う。

いままで、凡庸として描かれ続けてきた今川氏真をここまで多面的かつ人間味あふれる情感に訴えかけるような描き方は、あまりされてこなかったと思う。

確かに実際のところはどの様な人物であったのかは、歴史という遠い時代に短編的に残る少ない資料からでしかうかがい知ることができない以上、正しい人物像を今回の大河ドラマが描けているかは疑問である。

だが、歴史という仮の舞台を借りて、現代人が今の社会を生きるために必要な情感あふれるドラマティックな描き方をするためには、かなりの部分で実際の人物像との間に大きなズレがあったとしても、良いとすべきではなかろうか。

 

確かに、テレビドラマという全国規模で放映される番組においては、大きな影響力を持つ。それも録画やビデオデマンドサービスなどでいつでも繰り返し、手軽に観ることができるため、影響力は長く大きく続く。それゆえに歴史上の人物を描く際に、今までステレオタイプのように型にはまった評価をされ、描かれ続けてきた人物を特異な形で違った人物像を描き出すことの危険性は、大いにある。

だが、むしろ、多様性、そして、柔軟性、そして、大量の情報のやり取りができるこれからの社会においては、大きなズレさえも楽しんで観るくらいの包容力、懐の深さが備わってきていると見るべきだ。

単調に徳川家康の遠大な人生物語をダラダラと今まで知れていた内容を演じるだけであっては、面白味が無い。できれば、歴史上の人物にも感情や考え、想いなどを肉付けすることができれば、よりリアルな人間像を描き出すことに成功するのではなかろうか。

 

人物像の大きなズレについての懸念は、現代のようにスマホやパソコン、その他、正確な史料などに簡単にアクセスして、色々な角度から情報の確認が行えるため、大河ドラマでの描かれ方と実際に史料から思われる人物像とのズレ・ギャップについて、検証が可能であることから、誤解の危険性は和らぐと思われる。

 

[第12回] 家康と武田に追い込まれる今川氏真(溝端淳平)。初めて知る父・義元(野村萬斎)の思い…| 2分ダイジェスト | 大河ドラマ「どうする家康」| NHK