sen59maruさんの記事一覧(4 / 5ページ目)

前田 利長

前田家 織田家 豊臣家

まえだ としなが1562-1614享年53歳。 名称:利勝、従三位権中納言居城:越前府中城→加賀松任城→    越中守山城→越中富山城→    加賀金沢城→越中高岡城 ■1562年  前田利家の長男として誕生。 ■158 […]

佐々 成政

織田家 豊臣家

さっさ なりまさ1536?-1588 享年53? 名称:内蔵助、陸奥守居城:尾張比良城→越中富山城    →肥後隈本城 ■尾張国比良城主・佐々盛政の  三男として誕生。 ■稲生の戦い、桶狭間合戦で兄  二人が戦死したため […]

佐久間 信盛

織田家

(さくま のぶもり)1520?-1581 享年62?歳。 名称:半介、右衛門尉、夢斎定盛居城:尾張山崎城→近江永原城    →三河刈屋城 ■織田信長の父・信秀の頃から織田  家重臣として活躍。 ■1560年、桶狭間合戦で […]

滝川 一益

織田家

たきがわ かずます1525-1586享年62 名称:久助、彦右衛門、伊予守、    左近将監、入庵、道栄居城:尾張蟹江城→伊勢長島城→    上野厩橋城 ■近江国甲賀郡の土豪・伴資清の  子。滝川家は甲賀の伴氏の一  党 […]

前田 利家

前田家 織田家 豊臣家

(まえだ としいえ)1538-1599享年62●名称;犬千代、孫四郎、  又左衛門、羽柴筑前守、  従二位権大納言●居城:尾張荒子城→近江  長浜城→能登七尾城→加賀  金沢城 ■1538年尾張国荒子城主・前田利昌の四男 […]

丹羽 長秀

織田家

(にわ ながひで)1535-1585享年51才●名称:万千代、五郎左衛門尉、     越前守、惟住長秀、     羽柴長秀●居城:近江佐和山城→越前府中城     →近江大溝城 ■1535年 0才尾張国岩崎城主・丹羽長政 […]

柴田 勝家

柴田家 織田家

しばた かついえ(1525?-1583)享年59?歳。 名称:権六、修理亮居城:越前北ノ庄城 ■織田信秀、信長の二代に仕え  た織田家の重臣。  尾張国愛智郡に所領を持ち、  尾張守護・斯波家の一族、柴  田土佐守の子と […]

明智 光秀

土岐家 斎藤家 朝倉家 織田家 足利家

あけち みつひで1528-1582享年55歳。 名称:十兵衛尉、惟任(これとう)光秀、    日向守居城:近江坂本城→丹波亀山城 ■美濃守護土岐家の一族・明智光綱  の子とされるが、定かではない。  また、斎藤道三の正室 […]

織田 信忠

織田家

おだ のぶただ1557-1582享年26歳。 名称:奇妙、奇妙丸、勘九郎、信重、    出羽介、正五位下秋田城介、    従三位左近衛権中将居城:美濃岐阜城 ■1557年、織田信長の嫡男として尾張  清洲にて誕生。  母 […]

池田 恒興

織田家

いけだ つねおき1536-1584享年49 名称:勝三郎、経与、信輝、    勝入、紀伊守居城:摂津伊丹城→摂津尼崎城    →摂津花隈城→美濃岐    阜城 ■摂津池田の武人、池田恒利  の子といわれる。 ■恒興の母・ […]

伊達 成実

伊達家

だて しげざね1568-1646享年79歳。 名称:時宗丸、藤五郎、兵部、安房守、    久山天昌居城:信夫郡八丁目城→二本松城→    伊賀郡角田城→亘理城(わたり) ■伊達稙宗の三男・伊達実元の子。  母は伊達晴宗の […]

伊達 政宗

伊達家

1567-1636 享年70歳。 梵天丸、美作守、陸奥守、権中納言出羽国米沢城の城主。 仙台藩始祖。仙台城を築く。 政宗は1582年に初陣を果たす。 父・伊達輝宗から実戦帝王学を徹底的に仕込まれて青春時代を過ごす。 政宗 […]

姫一覧

未分類

No. 武将名 生没年 享年 説明 1 帰蝶     2 五徳姫     3 市姫     4 茶々姫(淀殿)     5 初姫   […]

松の丸殿

豊臣家

まつのまるどの 1560?-1634 享年75歳。竜子。父は江北の名門京極高吉。母は浅井長政の姉・洗礼名マリア。初め、武田元明に嫁したが秀吉によって、元明が死に追いやられると、秀吉の側室となった。優しい性格のため、秀吉や […]

義姫

伊達家 最上家

よしひめ 1548-1623 享年76歳。保春院。最上義光の妹。伊達輝宗に嫁ぎ、長男・伊達政宗、次男・小次郎を産む。天然痘で幼少期に片目を失った政宗を忌み嫌い、次男の小次郎を偏愛した。豊臣秀吉から小田原征伐への参陣するよ […]

千姫

徳川家 豊臣家

せんひめ 1597-1666 享年70歳。 別称は、東丸、北の丸。 徳川秀忠と江姫の長女として伏見城にて生まれる。 わずか七歳で豊臣秀頼の正室として嫁ぐ。 大坂の役で大阪城落城間際に助け出され、のちに本多忠刻に再嫁する。 […]

築山殿(瀬名姫)

今川家 徳川家

つきやまどの1542-1579 享年38歳。瀬名姫(せなひめ)とも。今川義元の養女。実父は義元の家臣・関口親永で、母は義元の妹である。松平元信(のちの徳川家康)の正室となり、長男・信康、長女・亀姫を産んでいる。性格は嫉妬 […]

江姫

徳川家 柴田家 浅井家

ごうひめ 1573-1626 享年54歳。浅井長政と市姫との間にできた三女。初め、佐治一成に嫁ぐが秀吉の命によって、強引に離婚させられ、秀吉の養子・羽柴秀勝に嫁いだ。その後、秀勝が早世したため、徳川秀忠の正室となる。二男 […]

茶々姫(淀殿)

柴田家 浅井家 豊臣家

ちゃちゃひめ (よどどの) 1567-1615 享年49歳。浅井長政と市姫との間にできた長女。市姫が北庄城で柴田勝家と共に自害すると、茶々は妹二人と共に羽柴秀吉に引き取られる。のちに秀吉の側室となり、鶴丸を生む。喜んだ秀 […]

市姫

柴田家 浅井家 織田家

いちひめ1547-1582 享年36才。織田信長の同腹の妹。お市の方。戦国一の美貌を持つと称賛された。浅井長政に嫁ぎ、茶々、初、江、万福丸、作庵の二男三女を産んだ。浅井氏が信長に滅ぼされると、三人娘を伴って、織田家に戻っ […]

五徳姫

徳川家 織田家

ごとくひめ1559-1636 享年78才。織田信長の娘。9才で徳川家康の長男・信康に嫁いだ。舅の築山殿と折り合いが悪く、築山殿が武田勝頼と結んで、反信長の姿勢に動くとすかさずその動きを信長に知らせた。信長は築山殿・信康母 […]

帰蝶 

斎藤家 織田家

きちょう1535-1615?享年80?才美濃のマムシこと斎藤道三の娘。 奇蝶とも。一般的には濃姫の名前が有名だが、確かな史料にはその名が見えない。信長の正室だが、信長との間に子はなかった。斎藤家が滅亡すると、史実から姿を […]

椿姫

今川家 武田家

つばきひめ 1545?-1612 享年68?歳。 1552年、武田信玄の長男・義信の正室として嫁ぎ、二女を産んだ。 義信とはいとこ同士であったが、夫婦仲は良かったという。 武田信玄が弱体化した駿河の今川氏領内へ攻め込む際 […]

朱姫

伊達家 蘆名家

あかねひめ・あけひめ ?-? 伊達稙宗の次女で正妻との娘。 十七歳で会津の蘆名盛氏の正妻となる。長男・盛興と長女を産むが、伊達晴宗の四女を娶った盛興は、1575年に早世する。朱姫もわずか二十九歳の若さで没した。 名門蘆名 […]

玉姫(ガラシャ)

キリシタン 明智家 細川家

たまひめ 1563-1600 享年38歳。 明智光秀の三女。 細川忠興の正室。 洗礼を受け、ガラシャと称した。 織田信長の没後、謀反人の娘として、羽柴秀吉から咎められるのを恐れた夫・忠興によって、ガラシャは幽閉の身となる […]

五郎八姫

伊達家 徳川家 松平家

いろはひめ 1594-1661 享年68歳。 伊達政宗と愛姫との間に生まれた長女。 13歳で徳川家康の六男・松平忠輝に嫁いだ。 しかし、1616年忠輝が不行状の責めを受け、突然の改易処分となってしまう。 所領没収の上、座 […]

小松姫

本多家 真田家

こまつひめ 1573-1620 享年48歳。 いね。大蓮院。 本多忠勝の娘。真田家と徳川家の和睦の証として、徳川家康の養女となった小松姫を真田信之に嫁がせた。 関ケ原合戦の際、西軍側についた舅・真田昌幸、信繁父子が軍勢を […]

督姫

徳川家

とくひめ 1565-1615 享年51歳。 富子。於普宇(おふう)、於富宇とも。 播磨御前。良正院。 父は徳川家康。母は西郡の方。 初め、左京大夫の北条氏直の正室となる。のちに播磨の国の宰相こと、池田輝政に再嫁した。

村上 義清

村上家

むらかみ よしきよ 1503-1573 享年71歳。 左衛門尉、周防守。 信濃国葛尾城を本拠とする国人豪族。 清和源氏の流れをくむ北信濃最大の領地を持った。 甲斐の武田信虎と結んで、勢力拡大を目指し、全盛期においては、 […]

溝口 貞泰

小笠原家

みぞぐち さだやす 1550?-1620?  享年71?歳。 美作守。 小笠原家家臣で、溝口長友の八男。 小笠原貞慶に仕え、信濃各地を転戦した。 1582年、小笠原貞慶が信濃深志城を奪還し、復帰すると合わせて貞泰は、松本 […]

二木 重吉

小笠原家

ふたつぎ しげよし 1530?-1599? 享年70?歳。 豊後守。二木重高の子。 小笠原家軍の司令官として武田軍と戦う。 主君・小笠原長時が武田軍の攻勢に敗北し、越後に逃れると、父・重高と共に独力で武田軍と戦うも敗北。 […]

犬甘 政徳

小笠原家

いぬかい まさのり 1510?1585?  享年76?歳。 大炊助。 小笠原家の家老を務めた。 1550年、主君・小笠原長時が武田信玄の侵攻に敗れて、信濃国林城を追われると、政徳は自身の居城・犬甘城に籠城し、武田信玄の軍 […]

小笠原 忠真

小笠原家

おがさわら ただざね 1596-1667 享年72歳。 下総国古河城にて生まれる。小笠原秀政の次男。 1615年慶長20年、大坂夏の陣にて、父・秀政と兄・忠脩が戦死したため、家督を継ぐ。信濃松本8万石を領し、兄・忠脩の妻 […]

小笠原 秀政

小笠原家

おがさわら ひでまさ 1569-1615 享年47歳。 信濃守、兵部大輔。 小笠原貞慶の長男。貞慶が徳川家の家臣になると、秀政は、徳川家へ人質に出された。その後、徳川家康に見込まれて、養女を娶る。養女は松平信康の娘である […]

犬甘 久和

小笠原家

いぬかい ひさとも 1550?-1620?  享年71?歳。 犬甘政徳の三男。 小笠原貞慶に仕え、侍大将として、小笠原軍の指揮官を担い、各地を転戦した。 小笠原貞慶が信濃深志城へ返り咲くと、のちに1600石を与えられ、家 […]

小笠原 貞慶

小笠原家

おがさわら さだよし 1546-1595 享年50歳。 右近大夫。 小笠原長時の三男。 信濃守護小笠原家の跡取りとして生まれるも、父・長時の代に武田信玄の侵攻を受け、これを凌ぎきれず、信濃を追われる。 越後を経て、父とと […]

小笠原 長時

小笠原家

1514-1583 享年70歳。 大膳大夫、信濃守。 信濃国深志城主にして、信濃守護。 武田晴信の侵攻を阻止し、一度は、信玄を追い詰めたが、1548年天文17年7月、塩尻峠の戦いにて、武田軍に敗北すると、その後は守勢に回 […]

江戸城VS大阪城 大きさ対決!!

江戸城と大阪城 果たしてどちらがどれくらい大きいのか? 大阪城の後に、江戸城ができたのだから、江戸城が大きいに決まっているとか、江戸幕府が威信にかけて、大阪城よりも大きい壮大なお城を立てたに違いないということは、なんとな […]

日本の戦国時代について

未分類

日本の戦国時代は、果てしない戦いを繰り広げた時代であった。 日本全土が、鎧甲冑を身に着け、世界最高水準の刀を引っさげ、自身が持つ所領や都市を守るため、戦った。さらには、領土拡大を図り、隣国へと攻め込む。 戦闘能力を最大限 […]

板部岡 江雪斎

北条家

板部岡 江雪斎いたべおか こうせっさい1537-1609享年73歳。 名称:融成(とおなり)、越中守、    岡野江雪斎 ■江雪斎の出自には、二説があり、  一つは、伊豆下田の出身で真言宗の  僧侶であったが、そのすぐれ […]

大道寺 政繁

北条家

1533~1590 享年58歳。 孫九郎、駿河守 (政重とも) 出身:近江国 大道寺蔵人の子と伝わる。 後北条氏の重臣として、北条氏康、氏政、氏直の三代に仕えた。 武蔵国川越城の城主となり、のちに上野国松井田城の城主とな […]

熊本城について その1

kumamoto_zyo1 熊本城について 実戦を想定した戦国最強の防備を誇る熊本城について、知ることは戦国時代の防備の技術を知る上で、貴重な資料となります。 熊本城 熊本城は、大天守と小天守からなります。 現在の天守閣 […]

江戸城の歴史について

徳川家 関東地方

江戸城の歴史について、動画を作りました。 江戸城の歴史を紐解くと、東京の発展の歴史が見えてくる。 徳川家康が大改修した江戸城の拡大拡充は、江戸の街の拡大を伴っていた。 現代の東京の街がどのような思想によって、開発されてき […]

大坂城について

豊臣家

大坂城について、少し調べたことをまとめてみました。   天下の名城として名高い、大坂城は、戦国時代終焉にふさわしい難攻不落のお城でした。 現代においても、観光名所として、日本全国から世界中に至るまで、観光客の耳 […]

浅野 幸長

豊臣家

浅野 幸長あさの よしなが1576-1613享年38歳。 名称:長継、長慶、長満、紀伊守、左京大夫居城:紀伊和歌山城 ■父は豊臣家の柱石を担った浅野長政。母・ややが秀吉の正室・ねねの妹だったことからその縁で幸長は、若くし […]

津軽 為信

東北地方 津軽家

つがる ためのぶ 1550-1607 享年58 父:久慈 治義?の次男、または、大浦守信の子。 別名:扇、大浦弥四郎 津軽家当主、南部右京亮、右京大夫 居城:陸奥国大浦城 → 陸奥国堀越城 → 陸奥国弘前城(鷹岡城) 南 […]

戦国時代の医療について

戦国の医療

戦国時代には、昔ながらの祈願による治療行為、 針やお灸などの漢方医療、 温泉などを利用した自然を利用した医療など幅広く行われた。   ■加持祈祷 かじきとう 平安時代から貴族たちを中心に天台宗や真言宗の密教の流 […]

戦国のキリシタンたち

キリシタン

戦国時代には、日本各地でキリスト教の広まりがあった。 大名やその氏族にもキリシタンとなる者が現れた。 大友宗麟 ― 洗礼名:ドン・フランシスコ 戦国時代において、キリシタンの王国を作ろうと夢見て、古くからある寺社仏閣の破 […]

蠣崎 慶広

蠣崎家

松前 慶広 まつまえ よしひろ 父:蠣崎季広 幼名:天才丸、新三郎 別名:蠣崎慶広、海翁、若狭守、伊豆守、志摩守、民部大輔 居城:蝦夷館山城   蠣崎(松前)氏四代目当主蠣崎季広の三男として生まれる。 1582 […]

蠣崎 季広

蠣崎家

蠣崎 季広 かきざき すえひろ 1507~1595 享年89歳。 父:蠣崎義広 幼名:卯鶴丸、彦太郎 別名:若狭守 居城:蝦夷館山城 蠣崎(松前)氏は甲斐武田氏と同流。 始まりは武田国信の養子信広である。 1451年(宝 […]

斯波家

中部地方 大名一覧 斯波家

斯波家 しばけ 居城:尾張国清州城 家紋:丸に二引両   斯波氏の始まりは、鎌倉中期まで遡る。 足利泰氏(やすうじ)の長男・家氏(いえうじ)が陸奥国斯波郡を領有したこと際、斯波姓を名乗ったことに始まる。 足利氏 […]

足利家

大名一覧 足利家 近畿地方

足利家 あしかがけ 居城:室町御所 家紋:二引両(ふたつひきりょう)   源氏の血脈、最高家格にして、武家の棟梁として、室町幕府を開く 幾重の叛乱、離反、継嗣問題に揺れた室町幕府を開き、発展した武家社会の統治に […]

明智光秀、謀反前の連歌の会

明智家 織田家

  明智光秀 「時は今、雨が下しる五月かな」 (ときはいま、あまがしたしるさつきかな) 「とき」とは、光秀が土岐氏の出であることを指すものと思われる。 「雨が下しる」とは、天下を指すと思われる。 すなわち、土岐 […]

相馬家

大名一覧 東北地方 相馬家

相馬家 そうまけ 居城:陸奥国小高城 家紋:九曜 平将門の末裔が戦国大名として、東北の地に割拠す   相馬家は、鎌倉幕府の創設に尽力した千葉常胤(つねたね)の次男・師常(もろつね)が、平将門の遺児将国(まさくに […]

安東家

大名一覧 安東家(秋田家) 東北地方

安東家 あんどうけ 居城:出羽国土崎湊城 家紋:檜扇に違い鷲の羽   津軽の豪族から、勢力拡大を図る 古くは、安藤とも古文書に見える。康平5年(1062)の前九年の役で敗死した安倍貞任(さだとう)の末子・高星( […]

南部家

南部家 大名一覧 東北地方

南部家 なんぶけ 居城:陸奥国三戸城(さんのへじょう) 家紋:南部鶴   南部家は、源義光の後衛にあたる加賀美遠光の三男光行が甲斐国南部郷を統治し、南部姓を名乗ったことから始まるとされる。 鎌倉時代末期、執権北 […]

結城家

大名一覧 結城家 関東地方

結城家 ゆうきけ 居城:下総国結城城 家紋:三頭右巴   結城家は、小山政光の三男朝光が下総国結城郡に移り住んで、結城姓を称したことに始まる。 室町時代、嫡流の小山家が鎌倉公方に追討され、衰退すると結城家は、下 […]

諏訪家

中部地方 大名一覧 諏訪家

諏訪家 すわけ 居城:信濃国上原城 家紋:諏訪梶の葉(かじのは)   宮司を務める諏訪家は、諏訪社の上社の大祝(おおほうり)を務めており、その出自は、神氏とされる。 鎌倉時代においては、執権北条氏に重用され、鎌 […]

小笠原家の戦国史

大名一覧 小笠原家

小笠原家 おがさわらけ 小笠原家は、源義光の後裔にあたる加賀美遠光の子、長清が甲斐にある小笠原盆地、小笠原村を本拠として、高倉天皇から本拠を姓にするよう勧められて、称したとされる。 室町幕府が成ると小笠原氏は信濃守護を足 […]

細川 忠興

徳川家 豊臣家

細川 忠興ほそかわ ただおき1563-1645享年83歳。 名称:熊千代、與一郎、入道して三斎、宗立 居城:丹後宮津城→豊前中津城→豊前小倉城→肥後八代城 出身:京都生まれ。 ■細川藤孝の子。 母は沼田光兼の娘・麝香(し […]

後藤 基次

豊臣家 黒田家

後藤 基次ごとう もとつぐ1560-1615享年56歳。 名称:又兵衛(またべえ)、隠岐守居城:筑前小隅城 ■播磨の大名・別所氏の家臣・後藤左衛門基国(もとくに)の子と伝えられ、播磨国土着の武士の系譜を引くと考えられる。 […]

小西 行長

キリシタン 豊臣家

小西 行長こにし ゆきなが1558?-1600享年43?歳。 名称:弥九郎、摂津守、洗礼名・アグスチノ 居城:肥後宇土城 ■堺の宿老で薬種、貿易商人の小西隆佐(立佐-りゅうさ)の二男。養子とも伝えられる。備前岡山城主の宇 […]

竹中 重治

斎藤家 豊臣家

竹中 重治たけなか しげはる1544-1579享年36歳。 名称:半兵衛、重虎 ■竹中遠江守重元の長男として美濃不破郡池田郷に生まれる。美濃不破郡岩手城、次いで菩提山城にて育つ。西美濃三人衆の一人、安藤守就の娘婿となる。 […]

堀 秀政

織田家 豊臣家

堀 秀政ほり ひでまさ1553-1590享年38歳。 名称:菊千代、久太郎、左衛門督、侍従、従四位下 居城:近江佐和山城→越前北ノ庄城 ■美濃の土豪・堀秀重の嫡子。堀家は美濃斎藤家の家臣であったが、秀政は幼少の頃から織田 […]

京極 高次

徳川家 豊臣家

京極 高次きょうごく たかつぐ1563-1609享年47歳。 名称:小法師、小兵衛、若狭守、侍従、従三位、参議、大津宰相 居城:近江八幡山城→近江大津城→若狭小浜城 ■京極高吉の長男。 母は、浅井祐政または長政の娘とされ […]

山内 一豊

徳川家 豊臣家

山内 一豊やまのうち かずとよ1546-1605享年60歳。   名称:猪右衛門、対馬守、土佐守、従四位下 居城:若狭高浜城→近江長浜城→遠江掛川城→土佐高知城 ■尾張国織田氏の家臣・山内盛豊の二男。織田信長に […]

池田 輝政

徳川家 豊臣家

池田 輝政いけだ てるまさ1564-1613享年50歳。   名称:古新、羽柴三左衛門、吉田侍従、姫路宰相 居城:摂津尼崎城→摂津池尻城→美濃大垣城→美濃岐阜城→三河吉田城→播磨姫路城   ■織田家の重臣・池田恒興の二男 […]

小早川 秀秋

小早川家 毛利家 豊臣家

小早川 秀秋こばやかわ ひであき1582-1602享年21歳。   名称:木下辰之助、羽柴秀俊、金吾中納言、筑前中納言、岡山中納言、秀詮 官位:従三位左衛門尉、参議、権中納言 居城:美濃大垣城→筑前名島城→越前 […]

脇坂 安治

徳川家 豊臣家

脇坂 安治 わきざか やすはる 1554-1626 享年73歳。 名称:甚内、中務少輔、従五位下 居城:淡路洲本城 ■脇坂安明の長男として近江浅井郡に 生まれる。 1569年(永禄12年)、織田軍の明智 光秀に従い丹後国 […]

片桐 且元

豊臣家

片桐 且元かたぎり かつもと1556-1615享年60歳。   名称:助作、直倫、直盛、且盛、従五位下、東市正 居城:摂津茨木城   ■浅井長政の家臣・片桐直政の子。主家の浅井氏が1573年に滅亡してしまうと、且元は浅井 […]

大野 治長

豊臣家

大野 治長 おおの はるなが 1575?-1615 享年41?歳。 名称:修理亮、従五位下 ■大野佐渡守の子。 母は淀殿の乳母・大蔵卿局。 豊臣秀吉の馬廻として豊臣家に仕 える。 のち豊臣秀頼に仕え、淀殿お気に入り の側 […]

長束 正家

豊臣家

長束 正家なつか まさいえ1555?-1600享年46?歳。 名称:新三郎、大蔵少輔、従四位下、侍従居城:近江水口城 ■当初は丹羽長秀・長重父子に仕えた。1585年、主君長秀が狂気の沙汰に没すると、嫡子・長重は力量なく1 […]

増田 長盛

豊臣家

増田 長盛ました ながもり1545-1615享年71歳。 名称:仁右衛門、右衛門尉、侍従居城:大和郡山城 ■尾張あるいは近江出身と伝えられる。秀吉に仕え、政務を担当。200石を拝領して小牧・長久手の戦いにて軍功を挙げて、 […]

堀尾 吉晴

徳川家 豊臣家

堀尾 吉晴ほりお よしはる1544-1611享年68歳。 名称:仁王丸、小太郎、吉定、吉直、茂助、可晴、帯刀先生、従四位下 居城:遠江浜松城→出雲松江城 ■堀尾泰晴(吉久)の子。織田信長に仕え、立身出世の目覚しい木下秀吉 […]

蜂須賀 至鎮

徳川家 豊臣家

蜂須賀 至鎮 はちすか よししげ 1586-1620 享年35歳。 名称:千松丸、豊雄、忠吉、長門守、阿波守 居城:阿波徳島城 ■蜂須賀小六正勝の孫。蜂須賀家政の 子。 弱冠8歳で豊臣秀吉に仕える。 1590年、小田原の […]

蜂須賀 家政

徳川家 豊臣家

蜂須賀 家政はちすか いえまさ1559-1638享年80歳。 名称:彦右衛門、阿波守、蓬庵居城:阿波徳島城 ■蜂須賀小六正勝の子。当初、織田信長に仕え、その後、立身出世目覚しい秀吉に仕えた。 秀吉の中国攻略戦に従軍。その […]

蜂須賀 正勝

豊臣家

蜂須賀 正勝はちすか まさかつ1526-1586享年61歳。 名称:彦右衛門、修理大夫、小六(ころく)居城:播磨竜野城 ■蜂須賀正勝は、尾張の土豪の頭目。織田氏や斎藤氏などに組する事無く独立集団を保っていた。これに目をつ […]

藤堂 高虎

徳川家 織田家 豊臣家

藤堂 高虎 とうどう たかとら 1556-1630 享年75歳。 名称:与吉、与右衛門、佐渡守、和泉守 居城:伊予板島城→伊予今治城→ 伊勢安濃津城 ■藤堂高虎は、藤堂源助虎高の二男と して、近江犬上郡藤堂村に生まれた。 […]

浅野 長政

織田家 豊臣家

浅野 長政あさの ながまさ1547-1611享年65歳。 名称:長吉(ながよし)、弥兵衛尉、従五位下彈正少弼 居城:近江大津城→近江坂本城→若狭小浜城→甲斐府中城 ■尾張国の武将・安井重継の長男。母の兄である浅野長勝に跡 […]

島 左近

石田家 豊臣家

島 左近しま さこん1548?-160053?歳。 名称:勝猛、清興、友之、昌仲居城:伊賀上野城代 ■当初、左近は大和国の大名・筒井順慶に仕え、伊賀上野城代となる。しかし、順慶が没し、その養子・筒井定次が家督を継ぐと、左 […]

羽柴 秀勝

織田家 豊臣家

羽柴 秀勝はしば ひでかつ1568-1585享年18歳。 名称:於次、少将、権中納言居城:丹波亀山城 ■織田信長の四男。子がなかった羽柴秀吉の養子となる。1582年3月、実父・信長の命により、養父・秀吉に従い備前児島城攻 […]

豊臣 秀勝

豊臣家

豊臣 秀勝とよとみ ひでかつ1569?-1592享年24?歳。 名称:小吉、少将、中納言居城:丹波亀山城→越前敦賀城 ■父は三好吉房。母は豊臣秀吉の姉・とも(瑞竜院日秀)。子がなかった秀吉の養子となる。兄の秀次も秀吉の養 […]

蒲生 氏郷

キリシタン 織田家 蒲生家 豊臣家

蒲生 氏郷 がもう うじさと 1556-1595 享年40歳。 名称:鶴千代、忠三郎、賦秀(やすひで)、 侍従、左近衛権少将、洗礼名・レオン 居城:伊勢亀山城→伊勢松ヶ島城→ 会津黒川城(若松城) ■六角氏の重臣で、近江 […]

大谷 吉継

豊臣家

大谷 吉継おおたに よしつぐ1559-1600享年42歳。   名称:吉隆、紀之介、刑部少輔、従五位下 居城:越前敦賀城 ■豊後国の大名・大友宗麟の家臣・大谷盛治の子といわれる。豊臣秀吉の小姓となり、秀吉から目 […]

黒田 長政

豊臣家 黒田家

黒田 長政くろだ ながまさ1568-1623享年56歳。 名称:松寿丸(しょうじゅまる)、吉兵衛、甲斐守、従四位下 居城:豊前中津城→豊前福岡城 ■秀吉の名軍師として活躍した黒田孝高の嫡男。父・孝高とともに豊臣秀吉に仕え […]

黒田 孝高

キリシタン 豊臣家 黒田家

黒田 孝高くろだ よしたか1546-1604享年59歳。 名称:万吉、小寺官兵衛、勘解由次官、如水(じょすい) 居城:播磨国府山城→山城山崎城→豊前中津城 ■播磨国飾東郡姫路の生まれ。父は、播磨姫路城将・小寺職隆。母は、 […]

加藤 嘉明

豊臣家

加藤 嘉明かとう よしあき1563-1631享年69歳。 名称:孫六居城:伊予松前城→伊予松山城→会津若松城 ■徳川氏家臣・加藤三之丞の子。父・三之丞は、三河一向一揆の争乱で一向衆側に加わり、その鎮圧戦を展開する徳川軍と […]

福島 正則

豊臣家

福島 正則ふくしま まさのり1561-1624享年64歳。 名称:市松、左衛門大夫、侍従、羽柴正則 居城:播磨竜野城→伊予湯月(湯築)城→伊予府中城→尾張清洲城→安芸広島城 ■福島市兵衛正信の子と伝えられるが、一説に星野 […]

加藤 清正

豊臣家

加藤 清正かとう きよまさ1562-1611享年50歳。 名称:虎之助、夜叉丸、主計頭居城:肥後熊本城 ■尾張の土豪・加藤彈正左衛門清忠の子。母は秀吉の実母と従姉妹という。清正3歳の時、父が他界し、5歳の時に近江長浜城主 […]

石田 三成

石田家 豊臣家

石田 三成いしだ みつなり1540-1600享年41歳。   名称:佐吉、三也、従五位下治部少輔、従四位侍従 居城:近江水口城→近江佐和山城 ■近江国の大名・浅井久政の家臣で近江堀田郡の土豪・石田正継の子。15 […]

豊臣 秀保

豊臣家

豊臣 秀保とよとみ ひでやす1579-1594?享年16?歳。 名称:辰千代、秀俊、侍従、中納言居城:大和郡山城 ■父は三好吉房。母は秀吉の姉・とも(瑞竜院日秀)。豊臣秀長の養子となる。豊臣秀次、秀勝の末弟。 ■1591 […]

豊臣 秀次

豊臣家

豊臣 秀次とよとみ ひでつぐ1568-1595享年28歳。 名称:次兵衛、孫七郎、三好信吉、関白居城:山城聚楽第 ■父は三好吉房。母は秀吉の姉・とも(瑞竜院日秀)。豊臣秀吉の甥で養子となる。 ■1583年(天正11年)、 […]

豊臣 秀長

織田家 豊臣家

豊臣 秀長とよとみ ひでなが1540-1591享年52歳。   名称:小竹、小一郎、長秀、美濃守、大和大納言 居城:但馬竹田城→但馬出石城→播磨姫路城→大和郡山城 ■豊臣秀吉の異母弟。兄・秀吉に従い出世目覚しい […]

豊臣 秀頼

豊臣家

豊臣 秀頼とよとみ ひでより1593-1615享年23歳。 名称:捨、捨丸、内大臣、右大臣居城:摂津大坂城 ■天下人・豊臣秀吉の二男として誕生。※秀吉の長男・長松は生後まもなくして死んだので、秀頼が豊臣家の後継者となる。 […]

赤川 元保

毛利家

赤川 元保 あかがわ もとやす 1520?-1567 名称:元助、右京亮 ■1550年、毛利氏組織内で、五奉行 制が布かれるとその奉行の一人 となる。 毛利隆元から信任を得て、隆元の 側近として活躍したが、元就から は快 […]

ページの先頭へ